彼女のジレンマ


レジスタンスの頭であった彼女は、聖剣の勇者であった彼を見つめていた。
彼は彼女の視線には気づかずに、ぼぅっと一点を眺めている。
そこには仲むつまじい若夫婦と、可愛らしい少年の姿があった。
三人仲良く手を繋いで歩いていく姿を、彼は優しく見送る。

「ああいうの、憧れ?」
彼女は微笑んで彼に尋ねた。
彼は、名残惜しそうな顔をして静かに頷いた。

「憧れるなぁ。僕は一人だったから家族とかそういう温かいものとは無縁だったから」
「そう」


彼女は先の戦争で父を亡くしたが、家族の温かみは知っている。だからこそ戦争に身を投じたのだ。

初めから何もない彼。
家族の温かみを知らない彼。
知らない方が、反って失った時の悲しみや辛さを味合わずに済むのではないか。
いずれにしても残酷な話だわ、と彼女は自嘲した。

「ああ、でも」
と、彼は首を傾げた。
「僕の父さんと母さんは、道半ばで死んでしまったけれど・・・それまでは生まれたばかりの僕もいたし、幸せな家族ではあったんだろうな」
だから、僕は無縁、ではないんだろう、と彼は悲しそうに笑った。

その悲しげな微笑に、彼女の胸がキュン、と痛んだ。
彼に対する同情と、ほのかな恋心が、胸を痛めた。

(ランディは少し悲しげな顔をして笑う時が、何故か一番素敵にみえる)

そんなことを考えていた彼女は、不謹慎だわ、と邪念を振り払うように頭を左右に振った。
そして、思わずこう彼に告げたのだ。

「だったら、今度はランディが自分自身で温かい家族を作ればいいじゃない」

彼は、驚いて彼女を見た。
どうやらその発想はなかったらしい。
「ね?」と、微笑む彼女に、彼も微笑み返す。

「そんなこと考えもしなかったよ」
ふふふ、と彼は改めて彼女を見た。
彼女は彼より二つ程年上で、見た目とは裏腹におっとりしている部分があった。
そういう意味では、二人は空気間が似ており、お互い居心地が良かった。

その爽やかな笑顔に心動かされた彼女は、思わず口に出してしまいそうになった。
「ねぇ、私じゃー」
「クリス」

彼女が言い終える前に、彼が彼女の名を呼んだ。
ひどく、悲しく冷たい低い声。


「僕はきっとさっきみたいな家族にはなれない」



彼の瞳が無機質な光を放って揺れた。
「例え、この先誰かと一緒になって、子供を授かることになったとしても」

「僕はきっと大切な家族を不幸にするんだ」


彼女は「どうして?」と勇気を振り絞って彼に問う。

だって、と彼は答える。

「幸せになる術を知らない。愛し愛される幸せを僕は知らない。そんな僕が、温かい家族なんて作れるわけない。・・・きっといつか、僕が駄目にしてしまうんだ」
あたりはいつの間にか、暗くなり、夕日が彼女を照らす。反対に彼には影がかかる。
彼女は彼に何も言うことが出来なかった。

そんなことないよ、とか。
ランディは愛されているし、愛することも出来るよ、とか。
私があなたや家族を愛して幸せにする、とか。

言いたい言葉はあったが、どれも彼には届かない気がしてやめた。

ふと、長い金髪の彼女を思い出す。
彼女なら、今の彼にどんな言葉をかけただろうか?
もしかしたら、自分と同じような気持ちかもしれないし、そうでないかもしれない。

けれど、彼女は思う。

たとえ、どんな言葉であろうと、彼女の言葉ならば彼の心を動かすことが出来るんだろう、そう確信する。


彼には幸せになって欲しい。
だけど、彼の幸せの中に自分が存在しないのならば、そんな幸せを彼に望みたくはない。

そんなジレンマ。


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