三つ目の選択肢


4


「えぇ!?留守なの!?」

「そうだ。だが、今日の夜には帰還の予定だ」

プリムとパメラはタスマニカ共和国レムリアン城にいた。
ランディとの面会を求めてやってきたのだが、対応してくれている騎士の話では数日前より帝国へ赴いており、今は不在という。
しかし今夜には戻ってくるとのことなので、プリムとパメラはため息ひとつついて顔を見合わせた。

「・・・仕方ないね。明日また出直そうっか」
「そうね」
パメラの提案にプリムは頷き、騎士の方へと体を向き直した。

「明日、また来るわ。そうランディに伝言お願いできるかしら?」



その日の夜。
泊まっている宿の窓際に腰掛け、乾かしたばかりの髪をときながらプリムは窓の外を眺めていた。
窓からは、正面にレストランの灯りが見える。
そのレストランの隣にある雰囲気のよさそうなバールがプリムの目にとまった。

「・・・喉、渇いたなぁ」

「そう?部屋に水ならあるわよ」

プリムの呟きに、パメラは備え付けの冷蔵庫から水の入ったビンをプリムに向けた。
「うーん・・・何だかスッとするものが飲みたいの。炭酸入りのフルーツジュースとかそういう系」
「でももう宿のレストランは閉まっているし・・・」
するとプリムが立ち上がり、部屋着の上から大き目のストールを巻き始めたものだから、パメラは慌てて声をかける。

「プリム!まさか外に出るつもり!?」
「うん。すぐそこに感じのいいバールがあるから、そこで飲み物買ってくるわ」
部屋着姿のままこんな時間に外に出るなんてはしたない、とパメラは強くプリムを引きとめたが、プリムは笑った。
「大丈夫よパメラ。目と鼻の先のお店なんだし、すぐ戻ってくるから」

プリムはそう言って、軽快な足取りで宿を出た。


プリムの想定通り、そのバールは大変感じの良い店だった。
注文したレモン果汁入りの炭酸水を飲みながら店の店主を楽しく会話をしていた。
そんな中、ときおり隣のレストランからにぎやかな声が聞こえてきた為、プリムは炭酸水を飲み干し、グラスを店主に渡しながら尋ねた。

「お隣、随分賑やかね」
「ははははは。あの店はタスマニカ騎士団の行きつけの店でしてね、何でも外遊から帰ってきたとかで今日は祝杯でもあげているんでしょう」
「・・・・そう」
(そうするとランディも帰って来ているのね)

プリムはぼんやりとそのレストランの入口を眺めた。
少しだけぼんやりしていたプリムだか、すぐに店主の方に体を向きなおし、一言お礼を言い店を去ろうとした。
その時、知った名前が呼ばれたような気がして、プリムは自身の耳に集中させた。

「ねぇ、ランディいいじゃない!もう一軒だけでいいから行きましょうよ!」

聞き間違いではない。
確かにプリムの耳に、ランディという名前が聞こえた。

勢いよく声のする方へ振り向くと、そこには信じがたい光景があった。


そこには確かにランディがいた。
ちょうど食事会がお開きになったようで、レストランの入口から出てきたところのようだった

「ごめん、今日はもう遅いしここで失礼するよ」

そう答えるランディの両脇に見知らぬ女性が二人。
「そんなこと言わないでよ〜最近はめっきりお店に来てくれることも少なくなったし」
「そうよ!騎士の皆さんも来てくれるって言うし」

そう言って二人の女性はランディの腕に絡みつき、引っ張るように彼女達のいうお店に行こうとしていた。
ランディは困った顔をした。
けれど強引に腕を振り解くわけにもいかないようで、ずるずると体がプリムのいる場所から離れていく。
ランディは本当に困りきっているようで、あたりをキョロキョロと見渡した。
おそらく他の騎士に助けを求めようとしたのか、はたまた道連れにして隙を見て逃げるつもりだったのだろうか。
けれど、それが原因で視界にここにいるはずのない人の姿を映してしまうことになった。

ランディがプリムの姿を捉えた。
その瞳が一瞬にして大きくなり、動揺の色を見せる。
ランディの瞳に映るプリムは、静かに怒っているようだった。
プリムは軽くランディたちを一瞥すると、スタスタとこちらにやって来て、一言言った。


「何やっているのよ、ランディ」

いきなりのプリムの出現に何も言うことが出来ないランディの代わりに、プリムは続けた

「頑張ってタスマニカの騎士やっているかと思えばこれ?いいご身分じゃない、ランディ。さぞさぞ忙しくしてて私のこと考える余裕もないんだろうなぁと思ってたけど・・・ふーん、こういうことかぁ」

ギロリと睨まれて、ランディは漸く口を開いた。

「プリムっ・・・そんなんじゃないよ、ていうか何でここにいるんだ・・・?」
「ねぇ、ランディ。その娘だあれ?」
ランディの袖口を引きながら、一人の女性がプリムの存在をランディに問うた。
「・・・あ、知り合いの子なんだ」
女性はちらりとプリムを見てから「ふーん」と言い、ぎゅっとランディの腕に抱きつくような形でプリムを牽制した。
「行きましょ、ランディ」
「えっ・・・!?ちょっと待って、僕は・・・」


「ちょっとっ!!!!」

プリムが声をあげた。
ランディにまとわりつく女性らの存在が疎ましくて仕方なかった。

「ランディから離れなさいよ!こっちはわざわざパンドーラから会いに来てるんだから!」
女性らはふん、と鼻でプリムを笑い、構わずにランディの腕を引っ張ろうとした。

「待ちなさい!ランディから離れなさいよ、おばさん!!!」

「お、おばさん!?」
濃い目の化粧姿の女性二人は失礼な物言いに唖然としていた。
その隙にプリムはランディの手をとり、この場から逃げるように駆け出した。







「プリム!プリム!・・・一体どこまで走る気なんだ?」

ランディの言葉にプリムの足が止まる。
ランディは少し気まずそうにプリムの様子を伺おうとプリムの背に近づいた。
「・・・・そもそも何で君がこんなところにー」


「・・・臭い」

「・・・え」

プリムの衝撃的な発言に、ランディは戸惑い、慌てて自分の腕を鼻に持っていった。
「ご、ごめん、汗臭かった?帰ってきたばかりでまだシャワーも浴びてないし・・・」
「違う!」
プリムはランディを振り返り、きつく睨んだ。

「お酒臭い、タバコ臭い、おまけに香水臭い!」

ランディは、あっと声をあげた。
さっきまで飲み会の場にいたのだ。当然自分自身もお酒を飲んでいるし、周りはタバコを吸う仲間ばかりだ。おまけに終始先ほどの女性にべったり付きまとわれていた為、
彼女達の残り香も自分に移っていたのだろう。

「・・・すぐ帰ってシャワー浴びるよ。プリムは・・・近くに泊まってるんだろ、送るよ」

「・・・そうしてもらおうかしら」


ランディはプリムと距離を置いて歩いた。
また臭いなどと言われたらたまらないからだ。
一刻も早く自分の部屋に戻りたい、そう思っていると、前を行くプリムの足が止まった。

「ここよ」
ランディが顔を上げると、なるほどプリムが宿泊している宿は先ほど出くわしたレストラン前の真向かいにあったのだ。
「じゃぁ、僕はここで。おやすみー」
ふいに服をつかまれてランディは驚き、プリムを見る。
嫌な予感がした。

「生憎、私はまだ貴方に話があるのよ」
プリムの言葉にランディは「だって、汚いし」と言い訳を言ったが、聞き入れてはもらえなかった。
「だから宿のシャワー使いなさい。宿だから着替えもあるし、文句はないわよね?」



「プリム、遅かったじゃない!心配したんだか・・ら・・・・えっ!?ランディ!?」

確か飲み物を買いに行ったはずのプリムが、どうしてかランディを持ち帰って来た為、パメラは目を丸くして驚いた。
「パメラ!?パメラもいるの!?ちょっ・・・いくらなんでも夜更けに女の子の部屋に入るのはまずいっ・・・いてっ!」
「ごちゃごちゃ煩い!さっさと浴びてきて!」

プリムは着替えをランディに投げつけ、シャワールームに押し込むように足でランディの背を蹴った。


いきなりの展開についていけず、パメラは唖然としている。

「・・・ねぇ、どういうこと?」

「・・・役者がそろったら、話すわ」

プリムはシャワールームの扉を見てそう答えた。



ランディは気まずそうにタオルで髪の毛を拭きながら、目の前にいる二人の女性を交互に見た。

ランディは用意された椅子に腰掛けており、その真ん前のベッドにプリムが腕組みをして座っている。
その隣のベッドには、この状況の様子を伺うパメラが座っていた。

体を綺麗にして出てきたものの、当のプリムは椅子を差し出すだけで何も言ってこない為、恐る恐るランディは口を開いた。

「えっと・・・どうしてプリム、とパメラがここにいるの?」
ランディの言葉にプリムは盛大なため息をついた。

「どうしてですって?ランディが何も言わずにタスマニカに行って、その上私に何の便りもないままだから、こうやってわざわざ来てあげてるんでしょうーが!」
「便りなら出したじゃないか!」
「便りってもしかしてあれのこと?あのみじかーい手紙のこと?あんなの便りの内に入らないし、そもそもあれは私から送った手紙じゃない!私は、ランディから一言も聞いてない!」
「プリム、落ち着いて」
プリムの大声に、パメラが慌てて話の中に入る。
夜更けに騒げば周囲の迷惑になるからだ。

ランディはプリムの言葉にぐうの字も出ずに、口をへの字にさせた。
そして考えを改めたのか、素直に自分の非を認めたのだ。

「ごめん。本当に急な話だったんだ。それで落ち着いてから知らせようとは思ったんだけど、いざ手紙を前にしてみたら何て書いたらいいのかわからなくなって。
・・・それで結局何も出来ずに今に至ってる。本当にごめん」

ランディの素直な侘びに、プリムは意表をつかれてしまった。
「・・・にしてもひどい話ね。あ、分かった。さっきのお姉さんたちに現を抜かしてたんでしょ!!」
段々怒りの矛先が別方向へ向かっていることに気づきながらも、あの女性達の件は蔑ろには出来なかった。
「何の話?」
パメラがプリムにその意味を問うた為、プリムは簡潔に答えた。
「さっきね、ランディが素敵なお姉さん方といちゃついてたのよ」
「えぇ!?・・・何だか残念」
パメラが心底残念そうにランディの顔を見た。

「ちょっと、プリム!誤解を招くようなこと言わないでくれよ」
「事実じゃない」
ツンケン顔のプリムに、ランディは困ったように前髪を手で掻き分けた。
大いに誤解されている気がするが、自分が必死になって誤解を解く必要性も余り感じられないような気が、ランディにはした。
ランディが意外にも何も言い返してこない為、プリムは内心焦り、困惑した。
だから意地になって言葉を続けた。

「ランディって、ああいう人がタイプだったのね。知らなかった〜好きなら好きって言えばいいじゃない」


「・・・・何でそんな話になるんだよ」
ランディは頭をかかえながら、ため息混じりに答えた。
好きなんじゃないの?と訴えるプリムに対して、小さく「違うよ」と反応した。

「全然、好きじゃない」

「・・・・そう」

プリムは表情を変えずに呟いた。
けれどその時、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
ランディではなく、プリムを目で追っていたパメラがそれに気づき、口元に拳をもっていき何かを思案するような表情をした。

ほんの少しだけ間をおいて、ランディが腰を上げ、壁にかけられた自身の隊服に手を伸ばし始めた。
「ランディ?」
パメラがランディを呼んだ。
ランディは構わずにその場で手早く着替え、借り物の服を畳むとパメラに手渡した。

「僕、そろそろ失礼するよ。遅くにいきなりごめんね、パメラ」
そう言ってランディはちらりとプリムを見た。
プリムと目が合うと、ランディは「・・・じゃあ」と言い掛けた。


「明日は!?」

プリムがランディを引き止めるように声を出した。
「せっかく・・・タスマニカまで来たんだもの、少しくらい時間作ってくれてもいいじゃない」

「・・・昼過ぎで良ければ」
「うん、十分よ」
プリムが満足そうに頷いた。


ランディがドアに手をかけたところで、どちらともなく、ごく自然に声が出た。


「「お休み」」

そして、宿のドアがバタンと閉められた。




ランディが部屋を去って暫くしてから、プリムとパメラは寝る支度を整えベッドに入った。
プリムがベッド脇のランプを消そうとして、パメラに声をかけた。

「・・・ちょっと安心した。ランディがあーんな人を好きになっていなくて」
パメラはクスリと笑い、ベッドに横になる。
「そんなに性悪そうな人だったの?私、見てないからなんともいえないけど、もし本当にランディが好きになったのなら、別にいいじゃない」
「駄目よ!」
プリムはランプを消し、乱暴にベッドに潜り込んだ。

「あんな人、ぜぇったい駄目!不釣合いだわ!」
「じゃあ、どんな人だったらいいの?」

パメラの問いにプリムは「それは・・・」と言葉を濁した。

「・・・・もっと普通の人というか身近な人というか」
「私だったらいいの?」
パメラの言葉に、プリムは目が点になって硬直した。

「えーーーーーっ!?パメラ、ランディのことが好きなの!?」
「そうじゃないわよ、例えばの話」
パメラはおかしそうに肩まで震わせて笑った。
「例えばよ?私だったらプリムは文句言わない?」
「それは・・・そうよ」
一瞬、寄り添う二人の姿を想像してしまい、プリムは苦い顔をした。
その隣で、何事もなかったかのようにパメラが最後の灯りを消して、プリムに声をかけた。


「お休みなさい」


「・・・お休み」


プリムもそう声をかけ、パメラに背を向けるような格好で毛布に包まった。
なぜこんなに心が落ち着かないのかを考えようとして瞳を閉じたものの、そもそも考えるのも億劫になり、寝返りをうった。

そうだ、明日は美味しい食事をランディにご馳走してもらおう、などと美味しいもののことを考えながらその日は眠りについたのだ。





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