三つ目の選択肢


5


「わぁ!見てパメラ!」

「素敵・・・!すっごく綺麗!」

タスマニカの海原を見渡せるテラスに身を乗り出して、プリムとパメラの二人は目の前の眺望に感嘆の声をあげた。
場所は、レムリアン城の上層階に位置する広いテラスである。
本来なら部外者である二人が立ち入ることの出来ない場所であったが、二人の後ろに控えるランディの顔一つですんなりことは解決したのだ。


自分には目もくれずにはしゃぐ二人の姿を見て、ランディは「僕はこの為に今日呼ばれたんだろうか」と苦笑いした。
そして二人の邪魔にならぬよう、二人の表情が確認できる距離にあるベンチに腰掛け、頬付けをつきながら二人の様子を眺める。
金色と青色の長い髪が風に揺られてふわふわしている様子を見て、ランディは優しい笑みを浮かべて目を細めた。


(昨日は突然のことで考える余裕なんてなかったけど、ここにいるのがプリムだけじゃなくて良かった。パメラが来てくれて本当に良かった)

ランディは思う。
プリムと自分だけであったなら、きっと自分はどうしようもないようなやるせないような気持ちのままプリムに接し、何かしらの墓穴を掘ったに違いない。

今度はプリムだけを目で追い、本当に楽しそうに明るく笑うプリムの横顔を眺めた。
今は、ポトス村にいた時のような気持ちになることはなかった。
プリムを前にしても、穏やかな気持ちでいられる気がした。
少なくとも、プリムを見て辛く感じることはなかった。


そうだー
僕には時間が必要なんだ。
きっと、時間が解決してくれるさ。
このまま時が過ぎれば、心の底から彼女を祝福できる時が必ず来る。




「ランディー!」

プリムが手を揚げてランディを呼んでいる。

「うん?」
そう言ってランディは腰をあげ、二人の方へと足を進める。

「喉渇いてきちゃった!どこかでお茶してからご飯にしようよ!」
えー、ご飯には少し早いんじゃない?とパメラが苦笑したが、ランディは笑ってプリムに同意した。


「賛成。実を言うと僕もお腹減ってきてたんだ」






それから。

ランディだけでは絶対に入らなさそうなお洒落なカフェでお茶をし、日が落ちる頃になって三人はカフェを後にし、今晩のご馳走を求め城内をうろついた。



「・・・・ねぇ、本当にここに入るの?」

ランディは嫌そうな顔をして店の看板を見やった。
目の前には思い出すのも忌々しいほどとなった昨夜の出来事の場所がある。
そう、プリムと再会したあのレストランだ。

「うん!だって騎士の行きつけって言うからには美味しいんでしょ?こういうのは現地の人が足しげく通う店が美味しいって決まってるの♪」
「いや・・・味はそこそこだけど、二人みたいなお嬢様にはちょっと合わないんじゃないかな。ほら、客はむさ苦しい男ばっかりだし・・・」
「気にしないわ。それにランディのお友達の騎士さん達ともお話したいし、ねぇ、プリム」
と、パメラがランディとプリムに相槌を求めるように笑いかけた。
ランディが参ったな、という顔をするも、プリムは構わずにドアのノブに手を伸ばし、勢いよくドアを開けた。
看板につけている鈴がカランコロンとなり、店内にいる看板娘が「いらっしゃいませ」と入口にたつ三人にむけて声をかけた。
店内を見渡すと、なるほど鎧を脱ぎ捨てた騎士達でいっぱいであった。
「すごーい、本当にいっぱいね!」
プリムとパメラは感嘆の声をあげ、どこに座ろうか店内を物色していたところ、賑わう客席から大きな声がこちらに向けられた。


「おーい、ランディ!お前も来たか!こっち空いてるから座れよ・・・・んんん!?」

ランディに声をかけた男は、横にいるプリムとパメラの姿を見て意外そうなびっくりしたような顔をした。
「何だよランディ!可愛い子二人も連れてお前もやるねぇ〜タスマニカじゃ見かけない顔だな、紹介してくれよ!」
「・・・・!いや・・・その・・・・」
しどろもどろに答えながら、一歩も動こうとしないランディを怪訝そうにプリムは見上げた。
「どうしたの?同席でも私たちは構わないわよ?」
ランディはちらっとプリムの顔を見てから、首元をさすった。
冷や汗がじわじわと溢れてくる。
どうしようもなく焦った際に、首元をさする癖がランディにはあった。

「・・・やっぱり別の店に行こうよ!」

そう二人に告げて、二人の背中を出口側に向けようとした時。

仲間の男が悪気なく声を発した。


「ランディ、もしかして例の子か?初恋の子のー」



「うわぁーーーーーーーーーっ!!!」

ランディは男の声を遮るように、大声を出した。
男もプリムもパメラもいきなり大声なんか出してどうしたのだ、という顔をしている。


(最悪だ)


ランディの心中とは裏腹に、男は口を動かし始めた。

「なぁ、そうなんだろ?で、どっちが初恋の子なんだ?」

ランディは男に背を向けたまま、顔を俯けてプリムとパメラの背に手を沿え、店を出るようその背中をぐっと押した。
ぐいぐいと背中を押されてプリムは「ちょっと、何なのよ!」と、ランディに文句を言って見たが、ランディは何も答えずに、無言でプリムの背に触れる手に力をこめるだけだった。
ランディは俯き気味であった為、顔の表情まではうかがい知れなかったが、耳が真っ赤になっているのをプリムは確認し、そういえば初恋がどうだとか言っていたことを思い出した。

「・・・初恋ってランディの?」
プリムの問いに、ランディはピクリと体を反応させた。
「えっ、誰?ランディの初恋って誰?」

プリムは興味津々そうに顔をにやつかせたが、当のランディはまるでこの世の終わりかのような思い詰めた表情をしていた。
その表情を不思議に思い、ふいっと首をかしげると、ランディの隣にいるパメラと目があった。
パメラも気まずそうな顔をしており、プリムは首を傾げてこれまでのやりとりを思い出してみた。
(えっと、確か私とパメラを見てランディの初恋の人がどうこういい始めたのよね・・・ん?ということはー)


プリムが状況把握を完了させた時、仲間の男がランディに止めの一発とも言える爆弾発言を投げかけた。




「お前の話の雰囲気から察するにそっちの金髪の子だろう?しかし何で今一緒にいるんだ?その子を忘れる為にここに来たっていうのにさ!あ!さてはー」



そこまで聞いて、プリムは大きく目を見開いた。


さては離れたことがきっかけでうまくいったのか?、などという男の言葉がうっすら聞こえてきたが、 店内のざわつきも、耳が詰まったかのようにぼやけて聞こえる。

今、自分が聞いたことは本当なのだろうか。
そう思い、プリムは目の前にいるランディを見返した。


「・・・・え?ランディの初恋が、わ・・わたし?しかも何?忘れる為だとか・・・・」



ランディは肩を強張らせたまま、下げている拳を握り締め、顔は俯いたまま羞恥の余り赤くなっている。
例えるならば、全身から蒸気が目に見えるくらい、彼は羞恥心で一杯だった。


そんなランディの姿を見て、プリムまでどうしたらよいのか分からなくなり、徐々に赤くなる頬を両手で包み込んだ。

「・・・・なっ・・・!なんで・・・」

プリムの言葉にならない声を聞いたところで、ランディの体が反応した。
そして小さな声で一言「ごめん」とだけ言い残し、顔を隠し、逃げるように店を飛び出した。
あっという間にランディの姿が見えなくなり、残されたプリムとパメラは口をポカーンと空けたまま、唖然とするしかなかった。




(最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ!)


店を飛び出したランディは無我夢中で走っていた。

港まで続く大通りを走り抜けて、港の入口にある柵まで走りこみ、ガシャリと大きな音をたててランディはその柵に身を預けた。
しばし荒く呼吸をしながら柵にもたれていたランディだが、すぐにその場にしゃがみ込み、両手で頭をわしわしとかき回した。


(あの店に行きたいだなんて、嫌な予感がしたんだ!)
(どんな羞恥プレイだよ、全く!)
(プリムの表情見ただろ?唖然としてたじゃないか!そりゃそうだよ、困るに決まってるよ!僕なんかに・・・・)


そこまで考えて、ランディははたとかき回す手の動きを止めた。

(・・・一番可哀そうなのは僕じゃないか?何だってあんな最悪なケースでプリムに知られなきゃいけないんだ!大体あの場でぺらぺらと喋る奴の気持ちが知れないー)


あれ?
そういえば、そのプリムはどうしたのだろうとランディは思う。
まだ動揺する頭で考え、ある事実に気づいてランディは青ざめた。

(マズイ!あの店に置き去りにしたままだった!)


自分のウィークポイントとも言える話を平気でぺらぺらと喋る奴らのことだ。
あることないことをプリムに言ったり聞いたりするに違いない。


(あぁ、最悪だ)



ランディは来た道を、全速力で駆け出した。








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