三つ目の選択肢


6


ランディが店のドアを開けると、そこには仲良く食事を取っているプリムとパメラの姿があった。
幸いにも、口の軽い騎士達とも一定の距離をおいていることに、ランディは心底安堵した。
二人がランディに気づき、食事の手を止めたところでランディは掌を横に振って口を開いた。



『ゆっくりしていきなよ』



店の賑わいにランディの声はかき消されて聞き取ることは不可能だった。
が、プリムの目には彼の唇がそう告げたように見えた。



「待ってよ!」



ランディが店を背に歩き始めたところで、慌てて追いかけてきたプリムが彼を引きとめようとした。
ランディは背中を向けたまま、首だけを回してちらりとプリムを見る。

目が合い、ランディは恥ずかしさのあまり後頭部がじんじんと麻痺しているかのような感覚を感じた。
目の前のプリムも心なしか顔が赤く見えるのは、目の錯覚なのか。

「・・・ねぇ、さっきの話・・・本当・・・なの?」


「!・・・・」


プリムの問いに、ランディは答えない。
気恥ずかしさと。
後ろめたさと。
この状況とこの事実に目を背けたいという一心さで。

今は、何も答えたくなかった。


「・・・ランディ」

ねぇ、どうなの?とプリムが答えをせかした。

答えたくない、と。

そうランディは言いそうになったが、今更そんな言い訳がプリムに通用するはずもないと悟る。
そして額の辺りを腕で隠すような姿勢をとった。

「あ・・・あし・・・明日・・・!」
「・・・えっ?」
「明日、話すから。今日はこのまま何も聞かないで・・・」
「ちょっ、ちょっと!」

プリムが口を挟むころにはランディは既にその場からゆっくり逃げるように足を踏み出していた。
逃げるランディに向かって、「分かってる!?明日、帰るんだからね?」とプリムが叫ぶと、小走りのままランディは体半分振り返り、右手を軽くあげて分かっている、と答えた。
「・・・もうっ!」

ランディの態度に歯がゆさを感じ、プリムが悪態ついたところで漸く、背後で状況を見守っていたパメラがプリムの隣に寄り添うように近づいた。



その日は、早めに宿に戻り二人は明日の為の荷物整理を行うことにした。




「意外」

不意に、プリムがパメラに尋ねた。

「もっと、びっくりするかと思ったのに。私だけ?あんなに動揺してびっくりしたのは」
プリムが乱暴にスーツケースを閉めた。
さぞパメラもランディ失踪の真実に驚いているだろうと思っていたのに、意外なことに彼女は特段驚いた様子はなかったからだ。
パメラは少し手を休ませて、ふふふと微笑した。

「だって、何となくそうなんじゃないのかなって思っていたから」
「!!!」
パメラの言葉に、なぜか恥ずかしくなるプリム。
しばし顔を赤くしたまま、てきぱきと手を動かした後、ようやく冷静になったところで体の動きを止めた。
そして目の前のスーツケースの一点だけを見つめたまま、独り言のようにパメラに告げた。


「・・・だったら、パメラは私のこと・・・きっと、きっと許せないでしょうね」
「・・・いきなりどうしたの?」
「だって」

プリムは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「悪い気はしなかったの、ランディのこと」



「ちょっと違うんじゃない、プリム?」
パメラが即答した。


「嬉しかったんでしょう?ランディの気持ちがプリムに向いていたから」

その言葉に、プリムは勢いよくパメラを振り返った。
意外にも、パメラは穏やかな表情でプリムを見返していた。

「・・・軽蔑されるかと思った?」
「・・・だってっ・・・!」
「ディラックがいるのに、って?」

ディラックの名を口にしたその一瞬だけ、パメラは柔らかい表情を硬くした。
その表情に、プリムは胸を痛める。

「・・・軽蔑なんてしないわ。だって無理もないもの」
すぐ隣でプリムをずっと支えてきたのは、他でもないランディだった。
気丈なプリムといえども、一人でディラックを追い続けることなど不可能だ。
そして、そんなプリムを励まし支えていたのは、きっとランディなのだろう。
操られていたときも、助けられ介抱を受けていたときも、時折垣間見た二人の姿を見てパメラはそう感じていた。

「ちょっといいなぁって、そう思う気持ち、何となく分かるの」
「パメラ・・・」
「けどね」

パメラはプリムの鼻先を指差し、困ったような笑顔をプリムに向けた。



「一人だけよ?両方大事にしたいっていう気持ちも分からなくもないけど、それは駄目。中途半端はいけないわ、二人とも悲しませることになるから」

「分かってる」

プリムは、当然よと頷いてから、パメラをもう一度見つめた。
「・・・ありがとう、パメラ」

パメラが、優しく自分を諌めてくれたことが、プリムはどうしてか嬉しくて仕方なかったのだ。



明くる日。

プリムとパメラが宿のチェックアウトを済まそうと、ロビーに出ると、そこにランディがいた。
驚いたのはプリムの方だった。
昨日あんなことがあったばかりだから、きっとランディはプリムらが帰る直前に仕方なく現れるものだと思っていたからだ。
ランディは、二人がチェックアウトを済ましたのを確認してから二人の元へやってきた。

「随分・・・早いのね」
「あぁ、うん・・・まぁね。それでさ、時間ある?ちょっといいかな?」
ランディはパメラの方を向いて、「ごめん、ちょっと二人だけで話をしてもいい?」とパメラの了承をとると、そのままプリムに目配せをし、二人は宿の外に出た。

何だか、おかしい。
ランディの様子をずっと伺っていたプリムは、彼の態度に違和感を覚えた。
いつものランディならば、絶対におどおどしているはずなのに、今目の前にいる人物はどういうわけかひどく落ち着いているし、穏やかな顔をしている。
吹っ切れたような、そんな顔だ。

「昨日の話の続きなんだけど」

ランディの言葉にプリムははっとした。

「何も聞かなかったことにして欲しい、っていうのが本音なんだけど、そういう訳にもいかないよね」
軽く相槌をうちながら、プリムはランディの言葉を大人しく聞く。

「まぁ、僕が君に好意を持っていることは事実だし、知られた以上、事実を消せるわけでもないし。だから、えーっと、そのつまり何が言いたいのかというと・・・」

ランディは頭をがしがしとかいてから、にこりと微笑んだ。


「今まで通り、仲間でいさせてほしい」


仲間、とプリムはその言葉を反芻した。

「分かってる、勝手な言い分だってことくらい。プリムは・・・プリムのことは、好きだけど、だからってどうこうって話じゃないんだ、本当に。ほら、好きにも色々あるじゃないか。
僕はさ、こんな風に君とぎくしゃくしたくないんだ。今まで通りの普通がいい。そりゃあ、プリムからしたらこんな話聞かされて、今まで通りなんて難しいかもしれないけど・・・」
「ぷっ・・・」
プリムが堪らず声をもらした。
いつになく口数の多いランディの姿を見て、一安心したのだ。
「よく言うわ、ぎくしゃくしたくないだなんて。いきなりどっかに行って関係にひびを入れたのはランディの方じゃない」
「それは・・・・」
プリムはくすくす笑うと、「分かった」と答えた。

「うん、分かったから。だからもうこの話はこれでお終いにしましょ?」
「・・・ありがとう」

プリムの返事に、ランディはほっと安堵し、表情を緩ませた。




拍子抜けだわ、とパンドーラへの帰路の中、プリムは独り言のように呟いた。
ランディの選択は正しい。
だけど、なぜか腑に落ちないのはなぜだろうか。
あんなに照れて動揺しておきながら、次の日には吹っ切れた顔で「お友達でいましょう」だなんて、おかしな話ではないか。
「好き」という気持ちは、翌日には吹っ切れるような軽いモノなのだろうか。
ランディの「好き」とは、こんなに軽いモノなのだろうか?

いや、きっと違う。
こんなにも腑に落ちないのは、ランディの所為じゃない。
私自身の問題なのだ、とプリムは思う。


きっと、私はランディの言葉に軽いショックを受けたのだ。
「仲間でいよう」、その言葉にショックを受けた。
ランディの言葉と態度がショックだった。
今更、「仲間」などと強調された上に、もう何でもないかのように振舞うあの笑顔が、ショックだった。
私への思いはその程度だったのか、と思い知り、落胆したのだ。


なぜ、こんなに落胆する必要があるのかは分からない。
分かりたくもないし、分かってはいけないことなのだろう。



兎にも角にも、この船からはもうタスマニカは見えなくなっていた。
気持ちとは裏腹に、天気は快晴で波は穏やかだった。







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