三つ目の選択肢


7


優雅な音楽に合わせて、人々が歓談する声が城内に響く。
かつては帝国として恐れられ、一度は壊滅したこの国にも漸く城に灯りが灯り始めていた。

庭園が見渡せるバルコニーまで足を運んだランディは、きちんと締められたネクタイを少しだけ緩ませて、ほぅっと一息をついた。
ぼーっと暗闇に浮かぶ庭園を眺めていると、後ろから恐らくピンヒールの音と思われる「カツカツカツ」という音が自分に近づいてくるのを感じた。
そのままバルコニーにもたれていると、「はい」という声と同時にフルーツジュースの入ったグラスが目の前に現れる。


「ありがとう」
そう言ってグラスを受けとると、その人、クリスは微笑を浮かべた。

「今日は来てくれてありがとう。タイトなスケジュールだったから疲れたでしょう?」
「クリスこそ。これだけの式を開くのはさぞ骨が折れただろうね」
「えぇ。でも新しい国に相応しい方が即位してくれたし、これでようやくこの国にも平穏が訪れる。…私にもね!」

今夜は、記念すべき旧帝国の、新たなる指導者の就任を祝う日だったのだ。
当然の如く、聖剣の勇者ご一行ならびにその関係者はこぞって式に招待されていた。

「プリム、今日来れなくて残念。私、久々に会えると思って楽しみにしてたのに」

そう、パンドーラは関係国の中の関係国なのだか、王と側近を除いてこの式典には誰一人いなかった。
というのも、勿論招かれているのだが、海路である海が荒れており、到着が大幅に遅れていたのだ。
幸い、王と側近は周辺諸国への外遊も兼ねていた為、プリムたちより先にパンドーラを出てことなきを得ていた。

「ジェマの話だど、明日未明には着きそうだって。明日のパレードには間に合いそうだよ」
「そう!よかった!」
と、話したところで、タイミングよく二人のグラスが空になった。
クリスからグラスを受け取り、ランディは奥のテーブルに目をやる。

「何か食べない?僕、とってくるよ」

クリスが答える前に、ランディはにこにこしながら豪勢なご馳走の乗るテーブルへと向かっていった。
普段と何ら変わらない表情のランディを見つめながら、クリスはふと思う。

(ふっきれたのかな…?)

以前、ランディの噂話の件で話をしてからそれなりの月日が経っていた。
その間に彼の中で心境の変化、もとい踏ん切りがついたということなのだろうか。
現に、今日のランディはとても叶わぬ恋に悩む男の人には見えない。
加えて、時折見せる笑顔が晴れやかだった。

「はい」

気づくと、ランディがクリスの目の前に美しく盛られたプレートを差し出していた。
プレートには、真っ白なショートケーキに、ザッハトルテ、それにチーズケーキがのせられている。

「あ、ありがとう。うわぁー、美味しそう!それにケーキのチョイスもステキね!」
そのチョイスは、そこはかとなく乙女の好みをよく理解していて、クリスは感心する。

「そりゃあね。いつも散々プリムに言われてたから。『ケーキならショートケーキとチョコレートケーキとチーズケーキは外せないし、間違いないから』ってね」 あはは、と笑うランディ。

(また、プリムの話題…)

普通に世間話の一つとしてプリムの名前を出す以上、本当に吹っ切れたのかもしれない。
そう、クリスがぼんやり考えていると、「食べないの?」と、ランディが不思議そうに覗き込んできたので、あわててフォークをショートケーキに刺し、パクりと口に入れた。

「美味しい!」
「本当?」
「この生クリーム、甘すぎずでちょうどいいし、スポンジケーキもふわふわで最高!幸せ〜」
甘いものって何てステキなんだろう、そう思いながらケーキを堪能していると、視線を感じ、ちらりと前を向く。
目の前にはニコニコとしながら、ケーキに夢中になるクリスを眺めるランディがいた。

「な、なぁに?私、そんなに変な食べ方したかしら?」
クリスが問うと、ランディは「違う違う」と言い、目尻に皺が出来るほどの笑顔をみせた。

ドキリ。

「僕さ、美味しそうに食べる人の姿を見るのが好きなんだよね」
ふふふっと、また笑うランディを見て、クリスは気恥ずかしくなる。
幸せそうな顔をしながらケーキに舌鼓している自分が急に恥ずかしくなったからだ。
そして、また一口ケーキを口に運びつつ、ランディを伺い見ると、先ほどと同じく満面の笑顔を向けてくれていた。

あぁ、この笑顔が好き。
好き。
大好き。



「私、ランディの笑顔が好きだなぁ」



クリスは、その言葉を自然に口にした。

一瞬、目をパチクリさせたランディだが、これまで自分の容姿や表情について誉められたことがなかったのだろうか、かなり動揺したようで、不自然な動きをしながら「え!?あ、あ、そう?」などと云っているようだった。



「ランディも、好き・・・」



流れ出るように、素直な言葉がクリスから溢れる。

「えっ!?」
自分の耳を疑うように、ランディがすっ飛んだ声をあげた。
「そ、それって、人として?というか仲間として?えっ?えぇ?!?」

途端に、単なる動揺から様子が変わり、顔を真っ赤にし、口を真一文字にするランディ。
そして、真っ赤の顔をうつむけて「ありがとう」と口にした。
そんなランディを見て、久々にランディが年相応というか年下の男の子という面を感じられ、クリスは思わず微笑んだ。

「あ、ありがとう。その、本当にびっくりしたし、本当に本当に嬉しい」
「ううん!その、いきなりごめんなさい」
ランディの言葉にクリスはホッと胸をなで下ろす。
そして、えへへと笑うクリスを見て、ランディもつられて表情が緩んだ。

そしてお互い照れ笑いをしながら、ほんの少し、間が空いた。
クリスは左右に目を泳がせている。
ランディは、何か言わなくてはと思い、「えっと」を口にした。
しかし、ランディを遮るように、クリスが目を閉じたまま優しく頭を左右にふった。

「私はランディが好きで、ランディも私の気持ちを嬉しいって言ってくれた。今はこれだけで十分。ううん、十分過ぎるわ」
「クリス、僕は、初めて会った時からー」

「クリス!そろそろ時間よ」

ランディが何かをクリスに伝えようとした時、パーティーホールの中心よりクリスを呼ぶ声がした。
それを聞いて、クリスは「いけない、もうこんな時間だわ」と、慌ててケーキの乗ったプレートをサイドテーブルにおく。

「ごめんなさい、そろそろお開きなの。私、行かなくちゃ。ランディ、あの、ありがとう」
「そんな、こっちこそありがとう」
「また、ね?」
「うん、また明日」

そうランディから声をかけられたクリスは、少し会釈をしてパタパタと人混みの方へと走っていった。
その足取りは軽く、その顔は喜びで一杯だった。









記念パーティーを終え、自室に戻ってきたランディは、スーツのジャケットとネクタイを手早く脱ぐと、そのままベッドに倒れ混んだ。

突然の告白に、まだ神経が高ぶっている。
まさかのまさか、だ。
クリスが、あろうことか自分のことを好きだと言ってくれたのだ。

「・・・信じられないや」

寝返りをうちながら、ランディはぼそりと呟く。

クリスは、一言で言うなれば、「癒しの象徴」のような女性だ。
年上だが、そんなことを感じさせないし、たたずまいもその表情も柔らかく、可愛らしい印象をうける。

初めて会った時のことをランディは思い出していた。

ークリス、僕は、初めて会った時からー

先程クリスに言おうとした言葉。

レジスタンスのリーダーなんていう人だから、きっと強そうな女性なんだろうと思った。
けれど、ランディを前にして、彼女は『聖剣のカレね?』、と物腰柔らかくランディに微笑みかけてくれたのだ。
そのギャップに、ついついいい格好を見せようとしたりした。
そう、ランディはクリスに対して格好つけたかったのだ。
特定の誰かにいい格好を見せようなんて、これまで思ったことがなかったのにだ。

「・・・だってねぇ・・・プリムとの出会いは取り繕れないくらいひどかったし」
出会いが、ゴブリンに捕まって煮られているところを助けられました、だなんてあまりにも滑稽過ぎる。

「・・・プリム、クリスのことを知ったらどう思うかな。良かったねって言ってくれるんだろうか。それとも僕にクリスは勿体ないって憎まれ口をたたくのだろうか。・・・・それとも」

それとも。

そこまで口にして、ランディははっとして、体を起こした。
自分の中で、ようやく「折り合い」をつけきれたところだというのに。
どうしてこんなにもいつもいつもプリムを引き合いにしてしまうんのだろうか。

「って、あー・・・何でちゃんとクリスに答えてあげなかったんだろう・・・!いくらなんでもこのままの状態はないだろっ」

ベッドで胡坐をかき、頭をガシガシとかいて、先程の自分の失態を責める。
どうしてすぐに返事を言ってあげれなかったのか、と。
明日会った時には、きちんと今日のことを詫び、ちゃんと自分も応えるのだと。

「・・・明日、か。プリムも明日のパレードには間に合うんだよなぁ・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・っ!?」

やっぱり自分はどこかおかしいのではないかとランディは思った。
何を考えていても、思考の狭間でプリムが出てくるのだから。

頭をぶんぶんと横に振って、頭を両手で覆い隠し、目を閉じる。

大きく息を吐くと、ランディはゆっくり目を開け、暗い窓を、ただじっと見つめていた。

◇back◇

inserted by FC2 system