運命


雷が煌々と光り、地響きが鳴り響く。
世界はこの世の終わりかのようで、まるで血の色に染まったかのような、そんな空の中。

ランディとプリム、ポポイの三人の勇者一行は、フラミーの背に乗り、マナの神殿へと向かった。

マナの神殿に着くと、ジェマやクリス、ワッツやニキータらの仲間が駆けつけてくれていた。
皆、最期の戦いへ向けて各々出来る限りのことをしようと集まってくれたのだ。

ジェマにマナの聖地であったことを話すと、「そうだったのか」と頭をかかえ、暫くそうしていたが、やがて顔を上げるとランディの姿をじっと見つめた。
「お前の父はセリンだったのだな・・・あの時、ポトス村で出会ったお前が聖剣の勇者で、セリンの息子だったとは・・・不思議な運命を感じるよ」
戸惑うような微笑を浮かべているランディに気づき、ジェマは苦笑した。

「すまん、感傷に浸っている場合ではなかったな。お前たちも疲れただろう、明日に備えて今日はゆっくり休むといい」
何、武器の整備やアイテム等の準備はこちらに任せておけ、そうジェマは言い、クリスに目配せをした。


「ここよ」
クリスは部屋の扉を開けた。
「古い神殿だから今のところ泊れそうな部屋はここだけなの。プリムには申し訳ないけど、今夜は三人同じ部屋でいいかな?」
「全然平気。寧ろ今日くらいは三人一緒がいいわ」
「そうね」
プリムの返事にクリスは微笑み、じゃあ何かあったら遠慮なく呼んでね、お疲れ様、と言って部屋を後にした。


部屋に落ち着いてからも、ランディはどこか心ここにあらずという感じでぼぅっとしている。

「アンちゃん・・・大丈夫か?さすがにまだショックだよなぁ」
心配したポポイがランディに話しかけた。
ランディもポポイの気遣いに気がつき、くしゃりと笑った。
「違うんだ、ポポイ。母さんのことをいつまでも引きずっているわけじゃない」
「本当に?」
ポポイと同じくランディを心配していたプリムが再度尋ねた。
「うん。ちょっとさ、気になることがあって頭の中で整理してたんだ」
「気になることって?」
いつの間にかプリムとポポイがランディの両脇に寄り添う形で座っている。
「・・・本当に神獣を倒さないといけないのかなって」
ランディの言葉にポポイが声をあげた。
「何いってんだ、アンちゃん!世界を守る方法はそれしかないってマナのかあちゃんだって言ってたじゃないか!!」
「分かってる、分かってるよポポイ!僕が言いたいのは要塞を落とすだけじゃ駄目なのかってことだよ」
ポポイはいまひとつランディの意図が分からず首を傾げる。
その隣でプリムは何かに気づいたようで、考えるように指を口元に近づけた。
「・・・神獣を倒す必要があるのか、ていうことよね?」
「そうなんだ」
ランディが頷く。
「母さんの話とマナの伝説では、昔もマナの要塞と神獣が戦い、要塞がなくなって平和が訪れたんだろ?何で今回は要塞だけじゃなく神獣まで倒さないといけないんだろう」
そこまで聞いて漸くポポイも話の筋が見え、うーんと首を傾げた。
「マナが急速に減少したことで神獣が暴走して世界が滅びてしまうから、倒すしかないってランディのお母さんは言ってた」
プリムが確認するように呟く。
「でもきっと昔だって神獣は暴走したはずだ。なのに何故・・・?」
三人はうーん、と考え込むが、答えは見つからない。
何しろかつて要塞と神獣が戦ったのは伝説となる程のはるか昔の話。

真面目な顔して考え込んでいたポポイが諦めたように首を横に振った。
「でも神獣を倒すしか方法がないんだよ、きっと。マナのかあちゃんが隠し事なんかするはずないって!」
「・・・そうだな」
ランディは少し残念そうにため息をついた。

プリムはそんなランディを励まそうと、自分なりの考えを話し始めた。
「もしかしたら昔も神獣は倒されていたのかも。だってマナも文明も失われて神獣も姿を消したって言われてるじゃない?でもマナも神獣も失われていなかった・・・
理屈は分からないけど、マナも神獣も回復できる術があるのよ、きっと!」

「・・・そうかもしれない」
プリムの言葉にランディの瞳に光が灯る。
「もともと神獣は神によって使わされたというし、神様なんて想像も絶する存在の仕業なら、納得もいくよ」
「そうよ!」
プリムは嬉しそうに頷く。
「なんかすごい話になってきたなぁ」
ポポイも難しい顔をしつつ、口元は綻んで嬉しそうだ。
すると、ふぅ、と息を吐いてランディがそのまま後ろに倒れこんだ。
そして天井の一点を見ながら独り言のように呟く。

「・・・なんで僕なんだ?」
そのままぼんやりしていると、鼻をぎゅっと摘まれ、堪らず摘んでいる手の人物に抗議の声をあげた。

「何すんだよプリム!」
「まぁーた余計なこと考えてるんでしょ?この期に及んでまだ僕は聖剣の勇者にふさわしくない、とか思ってるんじゃないでしょーね!?」
「うっ・・・・」
遠からず図星であった為、ランディは罰の悪そうにしたが、すぐに「ちょっと違う」とプリムに抗議した。

「じゃあ、何?」
「・・・そもそも聖剣は父さんが抜くはずだったんだ。ということは父さんはマナの種族ってことになる」
「当たり前じゃない」
「そして母さんもマナの種族だ」
「何とぼけたこと言ってんだい、アンちゃん!」
「二人とも最後まで話を聞けって!そうなると父さんの両親も、母さんの両親もマナの種族ってことだろ?普通に考えたら、僕ら以外にもマナの種族は存在するってことじゃないか?」
「・・・確かにそうね」
プリムはランディに同意した。
「いや、アンちゃんには気の毒だけどオイラの例もある・・・アンちゃんしかいないっていうことかもしれないよ」
「・・・これは僕の推測だけど、マナの種族って公に知られてないよね?きっと誰にも知られないようひっそり生きてきたんだと思う。
だから、きっと僕以外にもマナの種族はいるはずなんだ」

だからこそ。
「何で僕だったんだ・・・?」
ポトス村でよそ者として苛められていた僕。
気弱で聖剣の勇者とは似ても似つかない僕。
世界の危機というならば、もっと相応しい人物を聖剣は選ぶべきだろう。


「きっと、そういう運命だったんだよ」
沈黙を破ったのはポポイだ。
いつも冗談をいうポポイからはあまり想像できない台詞にランディはつい笑ってしまった。

「運命って・・・ポポイ、似合わないぞ」
「うるせいやい!」
「ふふふ」

二人のやり取りをほほえましく見守っていたプリムが、ランディとポポイの足元に膝をつき、二人の手をぎゅっと握った。

「チビちゃんの言う通りかも。私、運命を信じたい」
プリムはランディを見上げて微笑む。
「だって、ランディが聖剣を抜かなかったら私たち、出会っていないもの。私たちは出会うべくして出会った。そしてランディは聖剣を抜くべくして抜いた、そういう運命なのよ」
プリムの言葉にポポイはうんうんと頷く。

プリムは、マナの聖地で告げた言葉を思い出す。
(・・・ランディ、おめでとう。私、あなたとあえてよかった・・・・)
辛いことも苦しいことも沢山あったけど、それ以上にランディと出会えて良かったと、そう思う。
(もちろん、チビちゃんとも)
プリムは慌てて心の中で付け加えた。


「・・・そっかぁ、運命かぁ」
ランディはすっきりした顔でプリムとポポイを見た。
「何だか、幸せな答えな気がするよ」
三人がお互い見合う。
自然と笑顔がこぼれた。



(運命、か)
静まり返る室内でランディは一人思う。
部屋には二人の寝息が聞こえ、その音がランディを安心させる。

(マナ、神獣、神、運命・・・)
神獣は神に使わされたというじゃないか。
神、とは何だ?
もしかすると、「運命」すら神の思うがままなのかもしれない。

ランディはこれから起こるであろう最悪の事態を想定してみる。
それでも、今は聖剣を抜いたことを悔やむ気持ちにはなれなかった。

(聖剣を抜いたことで失ったもの、失われていくものは沢山ある。それでも、それを差し引いても得たものが僕にはある)


ランディはぎゅっと瞳を閉じた。


全てが運命だと言うのならば。
せめて。
運命に負けないよう、やりきるだけだ。



最期の戦いはもうそこまでやって来ている。

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