聖剣の勇者と彼女


晴れて思いが通じ合い、恋人同士となったランディとプリムだが、その事実はまだ二人だけの秘密だった。
なぜ秘密にしなければいけないのかと、ランディに問い詰めたところ、ランディは「変な噂話をされたくないからまだ駄目だ」と答えた。

変な、とはプリムのことを指す。
恋人を失ったばかりというのに、今度は聖剣の勇者と早くも恋仲らしい、などというプリムを中傷する噂をたてられたくなかったらしい。
だから聖剣の勇者からアプローチされてそれをプリムが受け入れた、という形であれば多少はマシになるだろう、だからもう少し時間が欲しいとランディはプリムに告げた。
怪訝な顔をするプリムに、ランディは少し頬を染めてこう言った。

「…まだ人前で僕からそういう風に振舞える自信がないんだ」

その言葉にプリムは笑った。
そして、恋人宣言は随分先になりそうね、と囁いた。



「プリム」

大きな荷物を抱えて出かけようとするプリムを、父エルマンが引き止める。

「何パパ?まさか今更駄目だなんていうつもり?」
「そうじゃない」
そう、とプリムはエルマンに背を向けて下げている荷物を抱えなおす。
「お前、タスマニカに何をしにいくんだ?」
エルマンの問いにプリムはあきれたようにため息をついた。
「前にも説明したじゃない、旅行よ、旅行!それにタスマニカには会いたい人も沢山いるの」
嘘ではない。
ランディ以外にもジェマ、セルゲイ、運がよければマリクトもいるだろう。

もういいでしょ、とプリムは玄関を開けた。
プリムが一歩を踏み出したと同時にエルマンが彼の名を呼んだ。

「ランディ君か?」

プリムがピクリと反応し、ゆっくりとエルマンを振り返る。
その反応にエルマンは、「やはり」と頭をかかえた。
「プリム、お前ランディ君に惹かれているのか?」
「・・・だったらどうだっていうの」
プリムがするどくエルマンを睨む。
そんなプリムに怯むことなくエルマンは首を横に振り、プリムに忠告をした。

「止めておけ」
エルマンの答えが容易に想像出来たプリムは、話にならないといった顔をして再び背を向けた。

「また兵士なんぞに惚れおって。お前には学習能力がないのか?」
エルマンの余りの物言いに、プリムは怒りを抑えられずにエルマンを振り返る。
「元は誰の所為よ!?パパの所為じゃない!!!」
エルマンにつかみかかろうとするプリムを、使用人らが必死に止めようとする。
「・・・兵士なんぞ、いつ死ぬか分からん。辛い思いをするのは残されたお前の方だ。いくら平和の世だからといって、いつランディ君に不幸が押し寄せるか分からない。プリム、お前はあの男の時のように、また同じ思いを味わいたいのか!?」

エルマンがプリムに向かって一喝し、プリムの動きが止まった。

「私はお前に二度とあんな思いをさせたくないんだ。プリム、分かってくれ」

プリムは、無言で体のこわばりを解き、しばし俯いたままその場にいたが、すぐにまたエルマンに背を向けて今度こそパンドーラを後にした。



タスマニカの訓練場でランディは汗を流している。
とはいえ、場数を多く踏んでいるだけあり、他の騎士とは比べ物にならないほど、動きは軽やかだ。

ひと段落したところで、陽気な声がランディを呼び、ランディはまたか、と心底嫌そうな顔をして苦笑した。

「おい、ランディ!今日こそは付き合えよ!」
「何度も言うけど、遠慮しとくよ、モリエール」
ランディは練習用の剣を、壁に掛け、モリエールには構わずにすたすたと歩き出す。
モリエールはめげずにランディの後を追った。
「いいじゃないか、ちょっとした食事会だぜ?お前が来ると女の子の集まりがいいんだ」

調子のいいことを、とランディは思う。
単に聖剣の勇者という話のネタの為の客寄せパンダだ。
それに食事会なんて言うけど、実際は合コンだったじゃないか、とランディは心の中で悪態つく。
タスマニカに来て間もないころ、騎士同士の食事会に誘われ行ってみると、知らない女性が多数いてえらい目にあったことをランディは思い出す。

「知るかよ。ああいうの苦手なんだ、何度言われても行かないから」
断固として拒否するランディに、モリエールはがっくり肩を落とした。
がすぐに、思いついたようにランディの肩を掴んで笑み、その笑顔にランディは嫌な予感を感じた。

「じゃあさぁ、どんな子がタイプ?俺はねぇ、こう健気そうな感じの子がいいなぁ。守ってあげたくなるような感じのさ!間違っても気の強い女だけは勘弁だな」
と、聞いてもいないのに自分の好みをぺらぺら喋るモリエールにランディはげんなりとし、適当な相槌をうっていた。

「あ、そうだ!ちょうどあの女がそんな感じだったな。ほら、お前の仲間にいただろ?キレーだけど恐ろしく気が強かったなぁ」
モリエールの言葉にドキリとしたが、黙っていると、「名前何ていってたっけ?」とモリエールが催促するので仕方なく口を開く。

「・・・プリム」
「そうそう思い出した!いやぁ、あの啖呵はすごかったなぁ。ランディ、お前も相当絞られたんじゃないか?」
人の気も知らずにあることないこと言うモリエールに腹がたったが、ここは相手にしないのがベストだと思い、ランディは「そんなことないよ」、と一言だけ残し、そそくさと自室に駆け込んだ。

翌朝、ランディはタスマニカの船着場まで来ていた。
船が港に到着し、ぞろぞろと船客が降りてくる。
その様子をそわそわしながら見つめる。
プリムと会うのは二ヶ月ぶりになる。お互い、なかなか都合が合わなかったのだ。

降りてくる船客の中に、想い人の姿を見つけたランディが、自分に気づけるよう笑顔で大きく手を振った。
ランディに気づいたプリムは、「ランディ!」とこれまた笑顔で駆け寄ってきた。
プリムはランディの近くまで駆け寄ると、荷物をポンと地面に置き、勢いそのままにランディに飛びついた。

「久しぶりね!」
「プ、プリムッ!!!!」
人目が気になるランディは慌ててプリムを引き剥がそうとプリムの両腕を掴む。
プリムはにこりと笑い、自分の唇をランディの耳に近づけ、
「大丈夫、『仲間』ならこれくらいのハグは普通よ」
と、小さく耳打ちした。
「そうだけどさぁ・・・」
ランディは恨めしそうにプリムを見やるが、すぐに微笑みに変わった。
「タスマニカにようこそ。・・・会えて嬉しいよ」
ランディはそう告げ、プリムの荷物を持ち、レムリアン城へと向かった。


プリムを客室に案内すると、ランディは荷物をベッド脇のテーブルに置き、大まかな案内事を説明し始めた。
「シャワールームはそこ、食事は部屋でも食べれるし、城内のレストランでも食べれるよ。まぁ、何度か来てるし勝手は知ってるか。それから僕も明日までは休暇とれたから。あ、後でジェマに会いに行こうか」
ランディの言葉にプリムは頷く。

「・・・明後日からは仕事なんだよね?帰る前にランディの騎士っぷりを見ておきたいなぁ」
「え?見ても面白いもんじゃないよ?」
「うん、それでもいいの」
むしろ、面白いものであって欲しくない。
タスマニカ騎士の日常をこの目で確認し、安心をしたいのだ。

ランディはうーんと首を傾げ、見学許可下りるかなぁなどと実務的な面の心配をぶつぶつ呟く。

「ランディ」
と、ランディの思考を邪魔するかのようにプリムがランディを呼んだ。
「パパにランディのこと、感づかれちゃった」

一瞬の沈黙を置いて、ランディは恐る恐るプリムを振り返る。

「・・・エルマンさんは何て言ってた?」
「当然認めてくれるわけないじゃない」
「だよね・・・」

ランディは、次会う機会があったら何て顔して会えばいいんだ、とか戦々恐々としている。
その様子を内心微笑ましく思いながら、けれどプリムの表情は冴えなかった。

(兵士なんぞいつ死ぬかわからん、あの男の時と同じ思いを味わいのか!?)

エルマンの言葉が思い出され、プリムはそんなことはない、考えるな、と自分に言い聞かす。
あの戦いですら、ランディは無事だったのだ。
今後、あれ以上の危険がランディに降りかかることなんてないはずだと、思いなおした。

それから二人は城内で食事をとり、城内を散策した。
そんな中、仲間の騎士たちが二人の姿を見てやや驚きの声をあげた。
「おい、見ろよ!あのランディが女連れて歩いてやがる」
「どれどれ?本当だ!しかも相手の女、美人だなぁ」
「まさか彼女か?」

仲間内で盛り上がっているところに、通りすがりのモリエールも何だ何だと話の輪に入ってきた。
そして話の内容を聞き、向こうを歩くランディとプリムの姿を見て、「違う違う」と高らかに笑った。
「あの女はランディの昔の旅仲間さ」
「ええ?あの子が?」
「見えないなぁ」
などと、騎士達は好奇のまなざしでプリムを見る。
モリエールもプリムを見て、はて?と首を傾げる。何か違和感を感じ、サンドシップでのプリムとのやりとりを思い出す。
そしてもう一度ランディと楽しそうに話をしているプリムを見て、ははん、とニヤついた。
そこには気の強い女ではなく、愛しいものを優しく見つめる女の姿があった。
「そういうことかぁ」
と、面白いネタを掴んだようにニヤニヤするモリエールをよそに、騎士たちはプリムの話で盛り上がっている。

「俺、好みだなぁ」
「俺も!」
「あのちょっと気の強そうで気高そうなとこもいいよな」
「やめとけやめとけ、口説くだけ無駄なこった」
と、モリエールは半笑いで忠告するが、騎士達はお前たちに落とせるわけがないと言われたものだと勘違いをし、逆に燃えてきたようだ。

そのにぎやかな集団にプリムは気づき、ランディの方を見た。
「うん、仲間の騎士達だよ。あ、ほらあそこにモリエールもいる。覚えてる?」
「本当!懐かしい」
そう言って、プリムは騎士達に向かってぺこりと会釈する。
それがきっかけとなり、騎士達がわらわらとプリムの方に押し寄せ、あっという間にランディはその輪から外されてしまった。

「何なんだ、一体・・・」
輪の外で一人唖然とするランディに、モリエールが楽しそうにランディの肩をたたく。
「いいのかランディ、あいつら放って置いて」
ランディは意味が分からないというように首を傾げる。
「あいつら、みんなあの女を口説こうと必死だぜ?」
そう言って、モリエールは顎先でプリムたちを示す。
ランディもそちらに目をやると、プリムの手をとって何やら自己紹介する輩や、肩をとって城内の案内へと誘う輩が目についた。

「なっ・・・!」
驚き目を丸くするランディ。
プリムはといえば、ランディの仕事仲間でもあるし、あまり失礼なことは出来ないと思い、苦笑をしながら丁寧に対応をしている。
その内、騎士達のアピールがエスカレートし始め、どうしたもんかとプリムは思案し、輪の外にいるランディに助けを求めるように目で訴える。

当のランディは、無表情でこちらを眺めているだけだった。

(何ぼーっと眺めてるのよ!困ってるんだから助けにきてくれてもいいじゃない!)
プリムは愛想笑いをしながら、口元は不満を隠せてずにいた。

ランディの視界には、プリムにベタベタ触れる騎士達、そしてその行為に若干の嫌悪感を抱きながらも苦笑を浮かべるだけで拒否しようとしないプリムの姿が映る。

ランディの顔から無表情さが消え、徐々に眉間に皺を寄せ始めた。
馴れ馴れしくプリムに触れる騎士達にも、それを拒否しないプリムにも段々腹が立ってきて、そのイライラがピークに達した時、ランディは無言のままその輪の中心に割り込んだ。
そしてプリムに触れられている多数の手を払いのけ、まるで荷物を抱え込むかのように、プリムを自分の腕の中に収め、周りをじろりと睨んだ。

騎士達がランディの登場にたじろいだのもつかの間。
発せられたランディの言葉に誰もが耳を疑った。


「・・・触るんじゃねぇよ」


そう言い残し、ランディはプリムを連れて半ば強引に来た道を戻り始めた。

自分を強く引っ張り、前をずんずん進んでいくランディの顔を、プリムはちらりと伺い見る。
(タスマニカでこれだもん、そろそろ『恋人』解禁かしら)

一段と頼もしくなった、「恋人」の姿を見て、プリムは幸せそうに微笑んだ。


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