ケイブ・オヴ・マインド


「偽善者っ!」


パメラの吐き捨てた言葉が、アジトの一室に響いた。




ランディとプリム、ポポイの三人は、クリスに預けたパメラを見舞う為、レジスタンスのアジトを訪れた。
パメラのいる部屋に向かう中、ランディはちらりとプリムを見る。

昨日の今日なのだ。
またしてもディラックを救えなかったのは。

プリムの心中を察すれば、今日くらいはパメラにも会わずにゆっくりしてもいいんじゃないか、そうランディは思った。

部屋の前に着くと、クリスが小声でプリムに言った。
「…まだ正気じゃないの。まだ心を奪われたままなの。それでもいいの?」

プリムは表情を変えずに頷いた。

クリスは頷くと、部屋の扉を開けた。


部屋に入ってきたプリム達の姿を見て、ベッドに腰掛けていたパメラは顔をしかめた。
プリムがパメラに近づくと、パメラはプリムを見上げて睨んだ。

「…何しにきたのよ」
「あなたの見舞いに来たの」
「はっ、見舞いですって?余計なお世話よ。あんたの顔見ると余計気分が悪くなるわ!」
「パメラ…」

パメラはプリムのやや後隣に立つランディとポポイの姿をみた後、他に誰もいないことを確認してほくそ笑んだ。

「ふふ、どうやらディラックは連れ戻せなかったみたいね。良かったわ」

「何が良かっただ!ネエちゃんの気も知らずに勝ってなこと言うな!」

「ポポイ、よせ!」
パメラの物言いにたまらずポポイは激怒したが、ランディがポポイの体を捕まえて落ち着かせようとする。
パメラはそんなポポイには一瞥もくれずに、拗ねたように体ごとそっぽを向いた。

「パメラ…、あなた分かってるの?このままディラックがタナトスの元にいるとどうなるか知ってるの!?」
プリムは少しだけ声を震わせた。
その問いに、パメラは振り返り、プリムを見た。
プリムはパメラを見て、ギョッとする。
そこには、昨日と同じく、勝ち誇ったように恍惚の笑みを浮かべるパメラがいたのだ。

「知ってるわよ、タナトスに身体を乗っ取られるんでしょう?」
「だったらどうして…」
「ディラックがあんたの元に帰るくらいなら、タナトスに身体を乗っ取られる方がマシだって言ってるの!」
「!パメラ、あなた本気でそう思ってるの!?」
プリムは信じられない、とパメラの肩を掴み揺さぶった。
パメラはプリムの手を払い、再びプリムを睨む。

「えぇ、本気よ!ディラックが無事だとしても、あんたのものになるくらいならその方がよっぽどいいわ!」
「パメラ…」
パメラは高らかに笑った後、後ろに控えるランディを一瞬見つめ、何かを考えるような仕草をした。
そしてニヤリと笑うと、ランディを指差した。

「じゃあ、これならどう?ディラックが無事にあんたの元に戻ってくる、代わりにそこの聖剣のカレがタナトスに身体を乗っ取られる。もちろん、聖剣のカレが代わりにならないと、
ディラックは永遠に助からない。二者択一ってヤツね。さ、どうする?」

「何を馬鹿なことを…!」
これまで敢えて静かに傍観していたランディが口を挟んだ。
二言目を発しようとした時、プリムが眉を下げてパメラの問いに答えた。


「そんなの選べるわけないじゃない…」

その言葉にポポイは安堵したが、ランディは複雑そうな面持ちを見せた。

パメラは汚いものを見るような目つきでプリムを睨んだ後、手元にあった枕を思いっきり投げつけた。

「偽善者っ!」

プリムの瞳が震えた。

「いい子ぶってるんじゃないわよ!選べないですって!?選びなさいよ、答えは一つしかないでしょ!?」

戸惑うプリムの姿に、パメラはディラックを否定されたような気分になり、頭に血が上った。
気づくとプリムに掴みかかっていた。

「何を迷ってるのよ!?あんたにとってディラックへの想いはその程度なの!?」
「…ちがう…」
「だったら選びなさいよ!そいつなんか最近知り合っただけの存在でしょ、ディラックが助かるならどうでもいいじゃない!」
「…ちがう…」
「何が違うって言うの!?」
「もう止めて!!!!」 

パメラを突き飛ばし、プリムは両手で自身の耳を塞いだ。

だから偽善者なのよ、とパメラが声を低くして呟いた。
「私は自分の気持ちに正直よ?誰よりもディラックを愛しているからこそ、他のものになるくらいだったら後者を選ぶって言ってるの」

「…歪んでるよ。そんなの、愛なんかじゃない!…君の卑屈なエゴじゃないか」

睨むように自分を見つめているランディを見て、パメラは苦笑する。

「あら、あなただって人事じゃないんじゃない?聞いたわよ、ディラックに殴りかかったんですって?何の関係もない赤の他人のあなたが殴るなんて…ふふ、
そんなにディラックが憎い?妬ましい?」

パメラの言葉に、ランディはカッとなったが、落ち着けと自分に言い聞かす。

ランディが何も言い返さない為、ポポイはランディを小突いて口を尖らせた。
「何で黙ってるんだアンちゃん!アンちゃんはただネエちゃんのことを思ってやったことじゃないか!言い返せよ!」



「チビちゃん」

プリムが漸く顔を上げる。
プリムの横顔を見て、ポポイは口をへの字にして黙った。

「分かった、私も正直に言うわ。さっきの問いだけど、やっぱり私には選べない。ディラックもランディも失いたくないのよ」

それにね、とプリムは続けた。

「パメラ、あなたはランディのことを軽々しく言うけど、私にとって彼は大切な存在なの。全然どうでもよくなんかないの。勿論、ディラックは大好きよ、一番大好きな人よ。
彼を取り戻すまで私は絶対に諦めない」

パメラも、ランディもポポイもじっとプリムの言葉に聞き入っている。


「…だけどね。もし、もしもよ。旅の途中でディラックを助けることができたとしても、その逆の場合でも、私は…」

そう、ディラックを例え失ったとしても。

「私は、ランディの使命が果たされるまで、彼の側から離れることはないわ」

パメラは、黙っている。
淡々と語るプリムの表情に、彼女の決意と覚悟を見たのだ。
プリムはちらりとランディとポポイを振り返って、ほんの少し笑い、パメラを見つめた。

「もう、私たちは切っても切り離せないの。一緒にいた時間は短いかもしれないけど、命を共にしているの」
それから、パメラの肩に軽く手を添え、プリムは微笑む。

「…待っていてパメラ。必ず私達はディラックを取り戻し、世界を救ってくるから!」
一瞬、プリムの力強い瞳に心奪われていたパメラだが、すぐに顔を背けた。

「…帰って、今すぐ出て行って!!!!」

パメラの叫び声に、プリムは悲しそうな顔をしたが、何も言わずにパメラに背を向け、ランディとポポイに「帰ろう」と、目配せした。
ポポイの手を取り、部屋を後にするプリムを見送ってから、ランディは悔しそうに唇を噛み締めて動かないパメラを見つめた。
身体を半分部屋の外に置きながら、ランディはパメラの名を呼んだ。

「…何よ、さっさと帰って!」
「パメラ…、一つだけ君に伝えておきたいことがあるんだ」
パメラはランディを見もしないが、構わずにランディは続けた。

「もしも、君の言うとおり僕かディラックさんのどちらかを選ぶよう迫られる時が訪れたら、僕は喜んで身を差し出すよ」

ランディの言葉にパメラは勢いよくランディを振り返った。

驚きを隠せない表情のパメラの姿を見て、ランディは安心したかのように微笑み、
「それだけ言いたかったんだ。じゃあ、お大事に」
と、パメラの前から姿を消した。


ランディが表向きはカフェであるレジスタンスのアジトを出ると、「遅い!」とランディに笑いかけるプリムとポポイがいた。
ランディは「ごめんごめん」と言いながら、二人の元へ駆け寄る。
駆け寄りながら、先ほどのプリムを想う。

プリムの、彼女の強さに圧倒されていた。
なんて強いのだろう、そう思わずにいられない。

ディラックを助けられなかった際、プリムはこう言ったのだ。
「生きていればきっと会えるよね!…きっと」

きっと。

二度目の「きっと」には、希望は込められていないだろう。

あの時、プリムは決意し、覚悟したのだと、ランディは思った。
世界を守ることへの決意と。
ディラックを失うかもしれないという悲しい可能性への覚悟を。


ランディは、プリムの決意と覚悟に応えたいと思う。
そのためなら、今は命だって惜しくはなかった。

目の前にはプリムとポポイの、眩しいくらいの笑顔が。

ランディには、その笑顔だけで十分だった。

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