プリムラ
後編
翌朝の早朝にランディはパンドーラを出て、聖剣が封印されている泉へと向かった。
が、途中でランディは行き先とは別方向に歩き出し、目的地に着くと、家の中には入らずに大きな庭をウロウロし始めた。
立派な花壇に水をやる人物を見つけ、ランディは走って駆け寄る。
「おはよう、ニキータ!」
呼ばれたニキータは、びっくりして振り向いた。
「これはランディさんではありませんか!こんな朝早くから一体どうしたんですかニャ?」
「花を買いに来たんだ。この花壇の花って売ってもらえる?」
「モチロンですとも!どれにしますかニャ?」
「そうだな…これはバラだよね?それは何て花?」
「これはアマリリスで、その青いのがブルースターですニャ」
ランディはふんふんと頷くと、奥に咲いている可憐で可愛らしい花に目をやる。
「…ニキータ、これは?」
「それはですね」
ランディは目に留まった花の説明をニキータから受けると、微笑んで「これにする」、と頷いた。
そして「多少高くなっても構わないから、キレイに包装してもらえる?」と、ニキータ言うと、
ニキータは商売人らしい不適な笑みを浮かべてニヤリとした。
「お買い上げありがとうございますニャ」
*
プリムは慣れた足付きで聖剣が眠る泉へと向かった。
ランディの置き手紙といい、ランディから何か話があるという場合はあまりいい話ではないことが多かったので、プリムは道中幾ばくかの不安を抱えて歩いていた。
泉につくと、すでにそこにランディはいた。
プリムに背を向けたまま座って聖剣を眺めている。
ランディ、とプリムが声をかけると、ランディは振り向き、おはよう、と答えた。
すると、ランディが自分の隣を手で叩いたので、プリムはゆっくり近づき、ちょこんと腰掛けた。
隣にいるプリムの気配を感じ、ランディの右半身が緊張で強張ってきた。
だんだんと麻痺してるんじゃないかと思うくらい、緊張してきて、ランディの喉はからからになる。
どうしよう、緊張し過ぎて変な汗が出てきちゃった、とランディは額の冷や汗を拭うと、プリムの様子をちらりと見た。
プリムは黙ってランディが何か話すのを待っているようだ。
よし、頑張れ自分!と、己を励まし、ランディは覚悟を決め、体をプリムの方向にむき直して彼女の名を呼んだ。
「プリム」
呼ばれてランディを見ると、彼の表情がひどく深刻そうで、プリムは不安感がつのり、息をのむ。
しかし、肩を掴まれてランディの様子がおかしいことに気づく。
掴んでいるその手が若干汗ばんでいるのだ。
「プリム、ぼ…僕と…」
やや上擦った声と共に、プリムの目の前に、綺麗に包装された小さな花鉢をランディは差し出した。
そして、勇気を振り絞り、精一杯の声を出した。
「僕と、結婚してください!!」
言い終えたランディが顔を赤くし、息を切らしてプリムを見る。
プリムは口を僅かに開いたまま、突然のプロポーズに驚き目を丸くしたが、やがて嬉しそうに笑み、その顔に幸せの色が浮かび上がった。
それでもランディはこの沈黙に耐えられず、たまらずプリムに聞いた。
「だ、ダメ?」
プリムは笑う。
「まさか!返事はもちろんイエス、よ」
微笑んでプリムは差し出された花鉢を受け取った。
ランディは安堵の声をもらして、そのままプリムを抱きしめた。
パンドーラまでの帰路を、二人は手を繋いで歩いていた。
暫く歩いて、ずっと気になっている事項をプリムは思い出す。
「ねぇ、タスマニカ騎士団を辞めてどうするの?」
「え?パンドーラに住むに決まってるじゃないか」
結婚するんだし、と、さも当然のようにランディは答えた。
「…仕事はどうするの?」
まさかうちに転がり込んで、マナの調査を続けるつもりなのかとプリムは怪しんだ。
タスマニカで暫くは生活に困らない程度のお金は貯めているはずだが、それでもこうなった以上、ランディが無職というのは余りにも格好がつかない。
プリムの心配をよそに、ランディはあっけらかんと笑う。
「大丈夫、パンドーラ城で雇ってもらえることになったからさ」
「えっ!?」
「プリムは覚えてないかもしれないけど、初めてパンドーラ城を訪れた時に女王様が、旅を終えたらパンドーラに来てもいいよって言ってくれたんだ。それで、昨日事情を話したらパンドーラ騎士団の特別顧問として雇ってくれるって。所属は騎士団だけど、僕は裏方で参謀みたいにアドバイスしたり、講義したりとかで、実際に戦地に赴くことはないんだ。これだったら、エルマンさんも納得してくれるだろ?」
ヘヘヘ、とランディは可愛らしく笑って見せた。
「…そういうところはちゃっかりしてるというか、抜け目がないというか」
プリムは軽く肩をすくめてから、貰った花に目をやる。
「可愛い花。ランディが選んだんだよね?」
「うん、気に入ってくれた?」
「とっても!」
その花鉢には、ピンクに黄色、紫、そして白色の花が美しく咲いている。
「いかにもなバラじゃないところもランディらしいし」
プリムの言葉にランディは苦笑いした。実は無難にバラにしようかと考えていたことは内緒にすることにした。
「何ていう花なの?」
「え、えっと…」
ただ花の名前を言うだけなのに、ランディは躊躇らった。
「…プリムラ」
ランディは恥ずかしさの余り、プリムから顔を逸らす。
「他にもいいな、て思う花はあったんだけど、プリムの名前の花だったから…」
照れ隠しのつもりなのか、無理に不機嫌そうな表情を作っていて、プリムは噴き出しそうになったが必死に耐えた。
プリムはぎゅっと手をつなぎ直して、ランディを見上げた。
「でも、私だけじゃないわよ?ちゃんとランディの名前もはいってるじゃない」
ランディは微笑むプリムと目を合わせて、本当だ
、と笑った。
帰ったら花に水をあげなくちゃ、とプリムは嬉しそうに花鉢に顔を近づける。
そんなプリムをランディは幸せそうに見つめた。
「そうだ、お昼うちに食べに来ない?ランディが来るかと思ってご馳走用意してるの」
「えっ!?…どうしようかな。あ、エルマンさんもいるんだよね?僕、ちょっと気まずいからまた今度にする!出直すよ!」
「…ちょっと」
明らかに動揺するランディに、プリムは不信感をあらわにした。
「私の手料理だから断ったのよね?そんなに食べたくないんだ、ふーん!」
「いや、そういうわけじゃ…」
プリムはランディの腕を掴んで、上目越しにランディを見上げた。
「結婚したら、毎日私の手料理食べることになるんだから、今日から付き合いなさいよ!さ、行くよ!」
ランディの腕をぐいぐい引っ張って帰路へと急ぐプリムの後ろ姿を見て、ランディは困った顔をして、けれども嬉しそうにはにかんだ。
その後、プリムの手料理を振る舞われ、「結婚後は僕が台所に立とう…」と、内心決心し、頭をかかえたのは内緒の話。