三つ目の選択肢


1


「ランディ!」

村人と畑仕事をしていたランディは、呼ばれて振り返り軽く額の汗を拭った。

「…プリム」

笑顔で手を振るプリムとは真逆に、少し困った顔をしてランディは彼女の名を口にした。
ランディはいそいそと身の回りを整えると、プリムと共に村を出た。

途中、村人達が二人の姿を見ては何やらひそひそ話をしていたが、とんだ誤解だ。

僕とプリムの間にそんな色っぽい話なんかあるわけない、とランディは自分達に向けられる好奇の眼差しに対して口には出さずに応えた。

そう、何てことはない。
ランディは前を行くプリムの長い髪を見つめる。

あの戦いを終えてから、プリムは頻繁にポトス村にいるランディを訪ねてくるが、二人ですることといえば決まって村周辺をぶらぶらしつつ他愛もない会話をするか、
水の神殿に赴きルサ・ルカに会いにいくくらいだ。

そもそも何故プリムはこんな頻繁に自分に会いにくるのだろう、とランディは不思議に思っていた。
パンドーラとポトス村はそう遠くないが、気軽に行き来するほど近くもない。
それなのに、プリムは二、三日おきで会いにくる。勿論、ランディからパンドーラを訪れることは一度もないのにだ。


「…ねえ、プリム。何で君はこんな頻繁にポトス村にくるのさ」

道中、ランディはかねてからの疑問を口にしてみた。
プリムは少しだけ驚いたが、すぐに笑って目を細めた。

「別に理由なんてないわ。何?私が来たらまずいことでもあるの?」

「そうじゃないけど…そのさ、ディラックさんが気を悪くしない?恋人が、その…旅仲間とはいえ男に会いに行くなんて…」

「ディラックはそんなこと気にしないわ」

ランディの心配をよそに、プリムは即答した。
なにより、プリムの言葉に少しだけショックを受けている自分が残念でならない。

(そんなこと、か)

ランディは自嘲気味に笑い、プリムに気づかれないように一人頷いた。


プリムが右手で肩にかかる髪を払いながら、ランディを振り返る。

「・・・ディラックも忙しいの。長い間留守にしていたから兵士としての仕事も溜まってるのよ」
「…そっか」

今、ディラックが生きていることは奇跡に近かった。自身の命と引き替えにタナトスの正体を暴いたディラックであったが、かろうじて命をこの世に留め置くことが出来たのだ。
恐らく、ディラックの生命力が強かったことと、それ程までにタナトスにも限界がきていたのだろう。

タナトスに操られていたとはいえ、タナトスの元で彼が行ってきたことはそう簡単になかったことにすることは難しく、
今尚パンドーラの監視下の元、日々兵士として多忙な毎日を送っている。


それから二人は村周辺をあてもなく散歩し、いつものように他愛もない会話をして、その日は別れの時を迎えた。

途中までプリムを見送ったランディが空を見上げると、随分日が落ちてきており、青かった空はほんのりオレンジ色に染まってきていた。

一日が、終わろうとしている。
何でもない一日が今日も終わろうとしている。
平和で、美しいはずの世界なのに、どうしてか時々やるせない思いに駆られてしまう。

ランディの瞳に美しい夕焼けが映る。

今のポトス村での暮らしは、聖剣を抜く前とさほど変わらない暮らしぶりで、自分自身そんな穏やかな生活を望んでいたのに、どこか物足りないような寂しいような気持ちになる。

ランディの脳裏を、懐かしいものが過ぎった。

優しかったマナの木、そして明るく元気な妖精の子供。

ランディは腕を伸ばし、見えない何かをぎゅっと掴もうとした。
しかし当然何もつかめるはずもなく、ランディはため息をついた。



ランディと別れたプリムがパンドーラの城門に着くと、横から穏やかな声がプリムを呼んだ。


「ディラック!」

「やぁ、ちょうどいいタイミングで帰って来てくれて良かった。僕も見回りから帰って来たところなんだ」

実のところ、未だプリムの父エルマンは、ディラックとの交際を快く思ってはおらず、ディラックがプリムの家を訪れることは許されていなかった。
その為、二人は好きな時間に好きな場所で会うことがままならず、今回のように偶然顔を合わせることは、二人にとって幸福なことなのだ。


「ランディ君、元気だった?」
ディラックの言葉に、プリムはややドキマギした。

プリムの反応に、ディラックは「あれ、違った?」と返した為、プリムは慌ててそれを否定した。

「違ってないわ。・・・あまり元気そうではなかったかな。まぁ、最近はいつもあんな感じだから変わりないといえば変わりないけど・・・」

徐々に顔を曇らせるプリムを見て、ディラックはそんなプリムの頭をポンポンと優しく撫でた。

ディラックは、何故プリムが頻繁にランディに会いにいくのか、を知っているし、理解もしている。

足しげくポトス村に通うことを不思議に思ったディラックは、当然その理由をプリムに尋ねた。

するとプリムはこう答えた。

「心配なの。なぜかは分からないけど、ランディがいつか私の目の前から消えてしまいそうで、怖いの」と。

自分にはディラックがいる。
けれど、ランディには何も誰もいない。

いつか、ランディ自身もいなくなってしまいそうな、そんな不安に駆られるのだ。

だから、ランディの存在を確認する為に、彼を訪ねるのだとプリムは言った。



触れられている温かい掌。
プリムがその掌の持ち主と目線を合わせると、彼はにっこり優しく微笑んだ。

彼は、プリムの全てを理解してくれている。

彼が生きているだけで十分なのに、こうやって側にいて自分を優しく包んでくれる。

あぁ、私は何て幸せなんだろう、とプリムは思わずにはいられなかった。



しかし。


そう思いながら、かつての言葉を思い出す。



「ランディには何も誰もいない」



ディラックに問われたときにプリムが答えた言葉だ。
実はその後に、どうしても言えなくて飲み込んでしまった言葉があった。


「ランディには何も誰もいない。・・・あるとすれば、それはきっと私。ランディには、もう私しかいないんだ」


だから。


貴方に会いに行くのよ、ランディ。

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