その後の話


2


水路が駆け巡る美しい街、パンドーラ王国にタスマニカの元騎士はいた。
立派な屋敷のバルコニーに目をやると、美しい金髪が風に揺れている。
金髪の持ち主もその視線を感じ、二人の目が合う。
そしてすぐに笑みに変わった。


「ジェマ!」
「やぁ、プリム!」

ジェマが屋敷の扉に向かうと、中からドタバタと走り回る音が聞こえた。

「いらっしゃい!」
プリムの笑顔に迎えられ、ジェマはほっとした。
(・・・元気そうで良かった)

「この間会ったばかりなのに、すごく久々な感じがするわ!」
「今日は王様に用事かしら?ジェマも大変ね」
「コーヒーお願いね!あ、紅茶の方がいい?」
客間に通されてからもプリムは話し続ける。話して話して漸くテーブルにティーカップが置かれたところで、プリムは下をペロリと出して肩を竦めた。

「ごめんなさい、お喋りが過ぎたわよね。もう話し相手が欲しくって!家にいるとパパか使用人しか顔を合わせないじゃない?退屈で」
「ははは。話し相手といえばパメラはどうしている?」
「元気だし、会ってるわよ。ただまだ体は本調子じゃなさそう」
ふむ、とジェマは注がれたコーヒーを口にした。
「こんなことならやはりランディを連れてくるべきだったな」

ランディの名を聞いて、プリムはカップを乱暴にテーブルに戻した。
「ジェマ、ランディに会ったの?」
「ここに来る前に会ってきたぞ。一応一緒に来ないかと誘ったのだが改めると言って断られたがね」
「何よそれ!」
プリムは足を組み替え、ぷぅ、と頬を膨らませた。
「どうせ村で暇してるんでしょ!さっさと会いにくればいいじゃない!」
「まさかあれから一度も会ってないのか?」
ジェマは意外そうに目を見開くと、プリムはぶっきらぼうにそうよ、と頷く。
「しかし意外だな。てっきり何度かは顔を会わせているものだと思っていたぞ。まぁ、ランディの性格からすると分からないでもない。
プリム、君からポトス村に行こうとはしなかったのか?」
そこまで言ってプリムが初めて苦笑いを浮かべているのに気づき、ジェマはハッとした。

「……残念ながらしばらくは街から出るな、て言われてるのよ。今回ばかりは流石にパパの意見に従ってるところ」
「…父上の気持ちも分かるが」
「ふふっ、あんなことがあったばかりでしょ?パパも家の者もまた外に出したらそれこそ後追いでもしかねない、なんて思ってるみたい」
「プリム…」
「馬鹿よね〜そんな気があるならこの家に帰ってきていないわ。パパからするとまるで私はこの世の終わりにいるとでも思ってるのかしら」

くすりと自嘲気味な笑みを浮かべ、プリムは続けた。

「そんなの…この世の終わりなんてあの時とうに味わったわ!」
「プリムっ!」

ジェマは思わず強張るプリムの肩に触れた。
己の見た世界ですら絶望に満ちていたのだ。この娘が見た世界は地獄に等しいに違いない。
「……なんてね」
プリムは顔をあげ、笑顔を作る。
「大丈夫、言ってみただけよ」
「…………そうか」
ジェマは静かに微笑むとプリムから離れ、元いた椅子に座り直した。

「私、こうみえて結構強いのよ?強く生きて行くって決めたんだから!」
そう、約束したのよ。
彼ーディラックと。

「そうだな、プリムは見た目も気の強いおじょう様だから余計な心配だったかな」
ジェマの悪戯を含んだ言葉が逆にプリムを励ました。
「あら、ひどい!」
思わず二人して大笑いしてしまった。
今日一番の笑い声に、こっそり聞き耳をたてていた使用人にも安堵の表情が見える。

「そういえばランディへの用って何?まさかただ会いに行ったわけでもないでしょ?」
うむ、とジェマは頷き、さてどうしたものかと思う。
「なぁに?」
「…いや、たいした話じゃない。というか私から話すようなことでもないな。そのうち会いにくると言っているんだ、ランディから直接聞くと良い」

プリムはますます怪訝そうな顔をしたが、彼女が話の内容を知るのはさらに三日後になる。

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