その後の話


3


(・・・おや?)
パンドーラの門兵は、一人の少年を見て首を傾げた。
(どこかで見たことあるような気がするが・・・)
パンドーラを行き来するのは、街の住人か近隣村の村人、または旅人が主だ。
旅人であれば格好もそれなりの装備をしている為、目に留まることはある。しかし、その少年は至って普通の身なりをしている。よって他の人物同様目に留まる筈もないのだが。

門兵がさらによく少年を見てみると、護身用だろうか、右腰に短剣らしきものを下げている。
そこでその視線に少年も気づき、目が合った。
赤みの強い茶髪の少年は、やや微笑んで門兵にぺこりと会釈した。

「あぁ!」
そこで門兵は少年に気づいた。

「これは聖剣の勇者殿ではありませんか!確か・・・」
「ランディです」
その少年ーランディは気まずそうに笑い、頭をかく。
「これは失礼を致しました、ランディ殿。しかし、なぜすぐに貴方様と気づかなかったかが分かりましたよ!」
そして門兵は自分の額を指差し、バンダナがなかったので気づきませんでした、と軽く敬礼した。
そしてそのままパンドーラ中心部に向かうランディを見送った。


「さてと」
ランディはプリムの屋敷前で一息つく。
扉をノックすると、若い使用人が取り次いでくれた。
客室に入ると、既にそこにはあきれ顔をしたプリムが腕組みをしてたっている。
「遅い!」
そういうなり、プリムはつかつかとランディに歩み寄り、こつんと額を小突いた。
「ジェマが来てからもう3日目よ?そもそもあんたってば全然会いに来てくれないし!」
「ごめんってば!僕だって色々あったんだ、これでも!」
「ふぅん?その「色々」を聞かせてもらいましょうか?ジェマから聞いたわよ」
「・・・何を?」
「話の内容までは聞いてないわ。直接ランディに聞けっていわれたの」
そこまで言って、プリムはランディを椅子に座るよう目配せし、プリムもストン、と椅子に座った。

「・・・さっきから気になってたんだけど、何で今日はバンダナ巻いてないの?」
バンダナはランディのトレードマークのようなものだった。バンダナがないことで幾分髪型がかわり、雰囲気が聖剣の勇者のそれではない。もともと温厚な性格な少年だが、
さらに柔和さを感じられる。

「何だか違う人みたい」
「でしょ?さっき門兵にもそう言われたよ」
ランデイは嬉しそうに髪をさわる。
「それが狙いね」
ランディはばれたか、と苦笑する。
「行く先行く先で聖剣の勇者とか騒がれたり目立つのが何か不本意というか」
「わかるわ、それに正解ね。パンドーラでも聖剣の勇者の噂話でもちきりよ」
ランディらしい、とプリムは微笑みカップに口をつける。
カップをテーブルに置いたところで、プリムとランディの目が合い、ランディはふっと微笑した。
プリムはランディの微笑に懐かしいものを見た気がして、思わずはっとしてしまった。

「言うのが遅くなってしまったけど、プリムが変わりなくて安心した…それでさ、僕の話なんだけど」
ランディは拳を正面で握りしめて、一呼吸おく。
「僕、近いうちにタスマニカに行くよ」
プリムは一瞬、動揺の色を見せたが、黙ってランディの話を聞く。
「誘ってくれたのはジェマやタスマニカ王なんだけど、僕自身考えてはいたんだ。これからどう生きていくか、を考えたらやっぱり答えは一つしかなかった」
ランディの瞳がきらりと光る。
「僕は、マナの種族としてこれまでのこと、全てを忘れられないように残していかなくちゃいけない、てね。
そうなると居場所なんて聖剣が封印されてあるポトス村でもいいような気もしたんだけど・・・」
「・・・もしかしてお父様のこと?」
ようやくプリムが口を開く。
「・・・うん、それもある。父さんが生きてきたタスマニカで一度暮らしてみたいと思った。そんなこと考えてたら、ジェマからこの間申し出があってさ」


『ランディ、タスマニカに来ないか?そして私と一緒に今後もタスマニカを守りつつ、マナの研究を続けてみないか?
もちろん、表向きはタスマニカの騎士、ということになるが、あくまで表向きだ。お前は好きなように世界を飛び回れば良い。どうだ?タスマニカに来てはみないか?』


「思わず二つ返事で行く、て答えちゃった」
あはは、とランディは無邪気に笑う。
「そう。何か、うまく言えないけど、心から良かったな、て思えるわ」
しっかり前を向いて歩き始めたランディ。
その姿を嬉しく思う自分とどこか一人置いてけぼりにされたような自分がいることを、プリムは感じてしまった。
ランディにそんな気持ちを気づかれないようにする為、無理やり話題を戻す。
「ならどうしてジェマに会ってから今までこんなにかかったのよ?二つ返事で決めたんでしょ?何も迷うことも考えることもないじゃない」
「それは・・・その・・・・」
聞かれたくないことらしく、ランディは目をそらす。暫くうーんと考え込み、そしてプリムの顔色を伺うように目を向けた。

「プリム、君はもしかしたら大袈裟だとか出来るわけないとか言って僕を笑うかもしれないけど・・・・」
「・・・馬鹿ね、そんなこと思わないわよ」
どんなことであっても、とプリムは付け加えた。
プリムの言葉に勇気付けられたランディは、少し照れた様子でひとつ頷いた。

「僕には、一生をかけてやりたいこと・・・やらなくちゃいけないことが3つあるんだ。1つはマナの種族としての使命。2つ目は・・・」

少しランディの体が震えた。
そしてぽつりと搾り出すかのように呟いた。

「僕は、ポポイとの再会を諦めていない」
ランディの脳裏にポポイの言葉が蘇る。

(やだなあ、何いってんだよ!べつに死ぬわけじゃないんだよ!この世界から妖精や精霊たちの住む世界がふたつにわかれて会えなくなるってことなんだ!)

「・・・僕は、証明したいんだと思う。あの時のポポイの言葉を。・・・そして僕自身が行ったことが正しかったのだと」
そう言って、ランディは己の手のひらを見つめる。
思わずプリムはランディの手をとって、首を横にぶんぶん振った。

「ランディ・・・」
ランディの気持ちが痛いほど分かる。
一緒に、一番近くにいた自分だからこそ分かること。
ランディは、未だ後悔の渦にいるのだ。
仕方なかった、精一杯やった、いやもっと出来たんじゃないか、でも、いや、でも、いや、、、、 そんなことを、一人ずっと考えている。


プリムは悔いた。
ランディだけ前を向いて歩き始めた、自分だけ取り残された、だなんて。
ランディはなおも必死にもがき、苦しみ、見えない何かと戦っているのだ。
そう思うと、自然に涙が溢れ、握った手に力がこもる。
プリムの涙に気づいたランディは慌てて握り返した。

「プリム、ごめん!・・・君にそんな顔させる為にこんなことー」
「いいのよ!辛くて泣いてるわけじゃないの。・・・だから、いいのよ・・・」
プリムはぐすり、と腕で涙をぬぐう。
「・・・それでも僕は君に悲しい顔をさせたくないんだ」
「・・ふふっ、なあにそれ。似合わないわ、そんな台詞」
「プリム」
「ね、最後の1つはなに?」
ランディの言葉を遮り、プリムは尋ねた。

ランディは苦虫を潰したように、顔をしかめた。
自分の答えがプリムをまた悲しませてしまうのではないか、とそう思うのだ。



「最後の1つは・・・・プリム、君の支えになること」


その言葉を聞いて、たまらずプリムの瞳が固まる。

「・・・・そう、頼まれたから」
ディラックさんにー


ランディはプリムの前で、彼の名を出来れば呼びたくなかった。彼女の負った傷は深い、だからこそ呼びたくはなかった。

ちらりとプリムを伺いみると、プリムは軽く口をあけたまま呆然として動かない。 やはり自分はまた彼女を辛い目に合わせてしまったのではないかと、ランディは己を責めた。

やがてプリムはそんなランディの表情を理解し、首を横に振った。

違うの、違うのよランディ。

プリムは心の中で叫ぶように呟く。

「・・・っ、違うから!」
ようやく心の叫びが声となってランディに届いた。
「ディラックのことなら大丈夫。彼のことで私は傷ついたりしないわ」
本当に?とランディが聞く。
「うん、だからそんな顔して自分を責めないで。さっき固まったのは・・・ほら、あんたが柄にもないこと言うからビックリしただけ!」

そこまで喋ってから、プリムは呼吸を整える。
「だから・・・えっと、その」

にこりと精一杯の笑顔を作る。

「ありがとう・・・ランディ」
笑顔こそ作り物に過ぎないが、ありがとうの感謝の言葉に偽りはない。
プリムの本心だった。

ランディもふぅ、と息を吐き、安堵する。
そしてプリムからの感謝の言葉に、少し照れて見せた。

それからプリムは、「タスマニカに行く日が決まったら連絡頂戴、見送るから」とランディに告げ、ランディは頷きパンドーラを後にした。

プリムは、自室に戻り、ベッド脇にしゃがみ込み、自分をきつく抱きしめる。
そしてランディとのやり取りを思い出し、静かに震えた。

私ってなんて残酷でひどい女なんだろう。
そう、反芻する。

ディラックの名前とディラックの残した言葉を聞いたとき、確かにプリムは恋人を想った。
けれど亡き恋人への想いとは正反対の想い、すなわち喜びを感じてしまったのだ。 そう、ランディの言葉にだ。

プリムを一生支えていく、その言葉が嬉しかった。
例え、ディラックの遺言といえど、嬉しかったのだ。
不謹慎すぎる、とプリムは想う。
そしてはっとする。
いつの間にか、自分の想いを占める比率が逆転してしまっていたことに、気づいてしまったからだ。


しかも今、逆転したわけじゃない。
いつから?
いつから?


プリムの瞳が濁る。

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