その後の話


5


「で、昨日のパパの紹介って何だったの?」

プリムが足を組んでランディに尋ねる。
同席するパメラもランディを見ている。

プリムとパメラはランディが宿泊しているホテルのレストランにいた。
ちょうど時間帯が昼時であった為、三人でランチをとっているところだ。
結局昨夜は、ランディ側が忙しかった為、話が出来ずにパーティはお開きになった。

ランディはぱくりとパンを口にいれる。
「あのジェマと同じくらいの年齢の人は、パンドーラの政治家なんだって。プリム知らないの?」
ランディの言葉にプリムは横に顔をふる。
「パパの仕事仲間ってことよね?私、パパの仕事に興味ないから」
「うーん、私は名前までは知らないけど見たことはあるかな」
と、パメラが付け加える。
「それで、もう一人の人はその人のご子息なんだ。若いけど、マナやパンドーラの歴史に詳しい学者さんなんだって」
へぇ〜と、プリムとパメラは頷く。
どうやらランディとジェマがマナについて調べていることをお互いのトップが話し合い、それでエルマンを経てその学者を紹介することになった運びである。

「それで、アレンさんー。あ、その人のアレンさんって言うんだけどさ、マナに関する資料を見せてくれることになったんだけど、あいにく今日は不在で。それで明日、
ジェマとアレンさんのお宅に伺うことになったんだ」

「そういえばジェマは一緒じゃないの?」
プリムは一緒にいるはずの人物がいないことを指摘した。
「ジェマは水の神殿に行ってる。ここ最近のマナの状況を聞くにはもってこいだろ?」
「そうすると、ランディは今日一日暇ってことになるよね?」
パメラが早くもデザートに手をつけながら微笑む。
ランディは苦笑いして、残りのスープをすすった。
「ジェマが動いているのに僕だけさぼれないよ。今日は僕なりにパンドーラを調べてみる」
プリムはふぅん、と二人の会話をぼんやり聞いていた。普段どちらかというと口数が多いプリムがだんまりしているのをパメラが不思議に思う。
「プリム、どうかした?」
「え?」
「だって黙ってるんだもん」
「・・・どうもしないわ、ただ、偉いなぁと思って聞いてただけよ」
「偉い?」
ランディがぽかんと口を開ける。
「だってそうでしょ?ランディはちゃんと自分のやりたいことを見つけて頑張ってるんだもん。私は・・・」
そう言ってプリムは目をそらし、うーん、と腕を伸ばす。
らしくない言葉にランディとパメラは顔を見合わせる。パメラは黙ってランディをじっと見つめ、この場をなんとかするよう懇願した。

するとランディはグラスの水を飲み干し、あのさ、と発言する。
「・・・プリム、これから予定ある?特にないなら一緒に調べ物に付き合ってくれないかな?」
思いがけないランディの誘いにプリムは戸惑う。
がしかし、すぐに「家の事情で街の外には出れないの。それでもいいなら喜んで」と、答えた。


さくさくさくと、足を踏みしめるたびに草と靴がこすれ音が鳴る。
パンドーラの街の中でも、ちょっとした林はあり、二人はそこを歩いている。
プリムの少し前を歩いていくランディの背を、プリムは懐かしそうに眺めた。

ランディはきょろきょろ周りを見渡したり、時に草木や川の水に触れ、何かを感じ取っているようだ。

「・・・調べ物って言っても、私じゃ何の役にも立ちそうにないわね」
プリムはランディから少し離れた場所にある木陰に座り込んだ。

ランディは何も言わずにプリムの側までやってきて、隣に同じように座った。

「・・・何かあった?」
「何かって何?」
「・・・だって、プリム、何だか変だ」
「変って何が変なの?」
「・・・元気がない、気がする」
「・・・・少し、退屈してるだけよ」
「でもー」
「ねぇ、いつまでパンドーラにいるの?」

言いかけたランディの言葉を遮るように、プリムはぴしゃりと呟く。
ランディは不服そうな顔をしながらも、「休みは一ヶ月ほどとってあるよ」と素直に答えた。
「じゃあ、その間はマナの調査で色んなところを旅するってわけね」
そう言って、プリムはよいしょと腰を上げ、立ち上がった。
「・・・なんか言い方に棘を感じるんだけど」
プリムの物言いにランディは不機嫌さを露にした。
「そう聞こえたなら謝るわ。・・・ただ、羨ましいなって思っただけ」
プリムはランディに背を向け、後ろに手を回した。
「あの旅・・・とても大変で重圧もプレッシャーも半端なくて、辛かったはずなのに、何でだろうね・・・今思うとすごく楽しかった」
ランディはプリムの言葉に耳を傾ける。
「ランディがいて、私がいて、チビちゃんがいて。それだけで楽しかった、いい言葉が見つからないけど幸せを感じてたのよ」
だから、とプリムは続ける。
「ランディがまた旅を始めることが、なんだかいいなぁ、て。ああ、私も一緒に行きたいな、て」
「でもポポイがいないよ」
「分かってるわよ」
「それに君のお父さん・・・エルマンさんが許すはずがない」
「分かってるって!」
声をはりつめ、プリムは拳をぎゅっと握り締め、肩を強張らせる。

「分かってるの、頭ではそんなこと分かってるわよ。・・・だけど」

「一緒に旅をしたいと思うのはそんなにいけないこと?」
ランディと、そう付け加える。

ランディは目を見開き驚く。
プリムにかける言葉が見つからないのだ。
彼女に何をどう答えれば正しいのかがランディには分からない。
けれど、胸の奥の方で僅かに嬉しさがこみ上げてくる。

そして一言、言った。
「・・・いけなくはない、と思う」

自信がないのか、うつむき気味に答えたランディだが、プリムはその返答に満足したようで、少しはにかんだ。

「・・・でしょ?だからもういいじゃない」
私だってちょっとぐらい元気なかったり、人を羨んだり、夢だってみるわ、とプリムは明るく笑う。
だから、気にしないことね、とランディに笑顔で忠告した。

いつものように顔を覗き込まれ、念押しをされたランディは、少し怯みながら、「分かったよ・・・」と頷いた。
ただ、くるりと背を向けたプリムの後姿がやはり少し寂しそうだったので、思わず腕をとった。
プリムは少し驚き、目をぱちくりさせた。

「・・・暫くはパンドーラにいるし、休暇が終わってもこっちに来ることも多い。だから、何でもいいよ、退屈してたら会おう」

プリムはうん、と頷き、何だったらパパの外出許可が下りたらタスマニカに遊びに行こうかな、と冗談まじりに微笑む。
「・・・そうだよ!」
ランディは顔をぱぁ、と綻ばせた。
プリムは自身の腕をつかんでいるランディの手をそっと外し、逆にその手を握手するかのようにぎゅっと握りしめた。

「・・・ありがとう、ランディ」
プリムは優しい笑顔をランディに向けた。
いいよね、今くらいは少しだけ素直になっても、そう心で思う。

「・・・ううん」
ランディは照れたのだろう、少し頬が赤みを帯びたようにみえた。

さてと、とつぶやくとプリムは握った手を離し、ランディに背を向け街の方へと歩き出す。
「プリム?」
「気分もよくなったことだし、私はこの辺で帰るわ。どうせランディはこのあと街を出ていろいろ調べるんでしょう?」
送るよ、というランディの言葉が聞こえたが、プリムは「パンドーラ内なんだから不要よ」と手をひらひら振って林を後にした。


ランディはプリムが見えなくなってから盛大なため息をつき、豪快にその場に倒れこんだ。

「参ったな…」

口元を手のひらで覆い、今更ながら顔を赤くした。
そして先ほどのプリムの言葉と笑顔を思い出す。

一緒にいたいだの、帰り際の笑顔やら、反則だ、とランディは思う。
自分がどれほど嬉しく、つい本音が出そうになり、それを必死になって隠そうとしていることをプリムは知らないのだから。

自分はプリムに必要とされている、そう思っている。これは決して自惚れではないはずだ。

だから、とランディは複雑そうに頭をかかえる。

「…勘違いしちゃうじゃないか」

もしかしたら、プリムは自分に多少なりとも好意を向けているのではないか、そう都合の良いように解釈して期待する。

そこまで考えてランディは頭をブンブン横に振った。
「ダメだダメだダメだ!そんなことあるわけないだろっ、プリムは…」

ディラックさんが好きなんだ、と自分にいい聞かす。自分に向けられる思いは家族に向けられるものに近いのだ。
そうだ、きっとポポイにだって同じように接っするだろう。

プリムをよろしく頼むよ、というディラックの言葉を思い出し、ランディは我にかえる。
そして、悟ったかのように、しかしどこか寂しげな顔をして呟く。

「…僕は彼女が笑顔で笑っていてくれればそれでいい」

ぽつりと呟いたランディの言葉は吹き抜けた風音にかき消されてしまった。

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