その後の話


6


静まり返る室内。
かすかな光が差し込むパンドーラの古い図書館にプリムはいた。

プリムがいる辺りは古い古文書が並んでおり、年頃の女の子には似つかない場所だ。
あれから何度かランディと会い、会話をしたが、肝心のマナの調査については特に話をしていなかった。
自分に出来ることはそうないことを理解はしていたが、それでもいてもたっていられず、プリムはこの図書館に足を運んだのだ。

そしてマナに関する古い書物をいくつか見つけ、手にとって見る。
(・・・へぇ、うちにもマナに関する資料って結構あったのね)

そして目の前の比較的新しい書物が目に留まり、手にとって見た。
そこには「マナの歴史」と書かれており、著者を確認してプリムは首をかしげた。

「どこかで見た名前・・・」


「その本が気になりましたか?」

驚いて振り返ると、ひどく色素の薄い金髪の青年がにこにこして立っていた。
思い出した、とプリムは独り言を言う。
あのタスマニカとの記念パーティでランディと会話していたパンドーラの学者だ。 そうだ、名前は確か。

「・・・えぇっと、確かランディと・・・」
本を見れば名前は分かるものの、それは失礼な気が してプリムは必死に記憶を手繰り寄せる。

「アレンです、プリムさん」
青年は相変わらずにこにこしている。
「そう、アレンさんだったわ!それにしてもよく私のこと分かりましたね?しかも名前まで」
「そりゃ、知ってますよ。貴女の名前はこの国では有名ですから。もっとも実際に目にしたのは、あのパーティが初めてですが」

この国では有名、という言葉を聞き、プリムはばつが悪そうに恥じらいだ。
きっとお転婆娘だの家出娘だの聖剣勇者の一行だとか、あまりいいうわさではない。
そして改めてアレンの人となりを確認する。
薄い金髪を短く整えており、服はごく普通の格好、背は高い。年の頃は自分より上で、20過ぎくらいだろうか。

「本、気になりますか?」
アレンがプリムの持つ本を指差し質問した。
「えぇ、ちょっと。その、ランディがマナについて調べてるっていうのでなんとなくなんですけど」
しどろもどろに答えつつ、プリムは続けた。
「でもアレンさんって若いのにすごいんですね、図書館に並べられるくらい書物をお書きになっているんですもの」
いやいや、そんなことないですよ、とアレンは苦笑する。

「あのぅ・・・」
「はい、何でしょう?」
プリムがアレンを見やる。
「あの・・・ランディと一緒にマナを研究してるんですよね?その、あいつ、失礼なこととか的外れなこととか言っていませんか?」

プリムの質問にアレンは笑った。
「そんなこと全くありませんよ!むしろその逆です。ランディさんは聖剣の勇者である上、マナの血をひく方ですよ?紹介してもらえた私の方がお礼を言いたいくらいです」
アレンの言葉にプリムはほっと胸をなでおろす。
その様子にアレンはまた笑う。

「面白い方ですね、プリムさん」
アレンにそう言われてプリムは恥ずかしくなってしまった。これでは出来の悪い弟をもつ姉か、息子をもつ母の心境ではないか。
居たたまれなくなり、プリムは本を脇にかかえ、ぺこりとおじきをした。
「では私はここで失礼します!」
パタパタと早歩きで遠ざかるプリムの背中を見ながら、アレンは可笑しそうに微笑んだ。


あぁ、恥ずかしかった、とプリムは街を早歩きしながら呟く。
それもこれもランディの所為だわ、と強引に責任転化してしまう。
いそいそとプリムは目的地であるカフェに向かった。
店内ではパメラが笑顔で手を振って待っていた。

プリムが席に座ると、パメラがうふふ、と窓の外を見ながら微笑んでいる。
その微笑が茶目っ気を含んでいた為、プリムは不思議そうに尋ねた。

「何?何がそんなに可笑しいの?」
「ね、見てよあそこ!」
パメラは可笑しそうに指で窓の外を示した。
プリムがパメラの指の先を目で追うと、そこにランディがいた。
一人ではなく、街の女の子となにやら話をしているようだ。
「何話してるんだろうねぇ」
相変わらずパメラは嬉しそうだ。
「見て見て、ランディの顔!」
「・・・・思いっきりデレてるわね」
プリムは面白くなさそうに頬杖をつく。
パメラはそんなプリムの様子にくすくす笑い、けれどすぐに目はランディを追った。
「あ、なにかプレゼントもらったみたい!」
「・・・そうね」
「あ、行っちゃった」
「・・・・」

二人はじっとランディの様子を伺っている。
「ねぇ、ランディ気づくかな?」
「・・・・」
「気づかないかなぁ〜」
プリムは依然、面白くなさそうにランディを見やる。
その鋭い視線を感じたのか、ランディがこちらを振り返る。

にっこり微笑んで手を振るパメラと頬杖をつきながら睨むプリムと目が合い、ランディは固まった。
見られたくないところを見られてしまった羞恥心で思わず目が泳いでしまう。

するとパメラが手招きをしてきた。
どうやらカフェに入って来い、ということのようだ。
睨むプリムにたじろぎながら、しぶしぶランディは二人の元へ足を運んだ。

「ね、何を貰ったの?」
パメラが目を輝かせてランディを見る。
「・・・・見てたの?」
ため息とともに腰掛けるランディにパメラは極上の笑顔で追い討ちをかけた。
「うん、見てたわよ。その娘の前にも二人組みの女の子たちとも話してたよね?」
「!!!!!!」
思わず椅子をガタリっと音をたてるランディ。
心の中で、何でそんなことをプリムの前で言うの!?と叫んでしまった。
プリムはというと眉毛だけをぴくりと動かして、ふーん、そうなんだぁ、と一言。
「べ、別に話しかけられたから話してただけだよ?これだって、その子の家が商売してるらしくておすそ分けでくれただけだし・・・」
だから何もやましいことはないよ、とランディは顔を赤くして弁明する。

パメラはそんなランディがほほえましいのか、首を横に振って笑った。
「別にいけないだなんて言ってないわ。女の子にモテるっていいことじゃない?」
「も、モテる?」
ランディは目をぱちくりしている。
「そうよ、いいことじゃない、ランディ。大方今まで女の子に話しかけられるなんてことなかったんじゃない?少しくらいうかれたって罰はあたらないわ」
プリムが無表情で言う。

「…そういう割には目が笑ってないよ」
ランディは恐る恐る目の前に座るプリムを伺いみる。
プリムはつん、と目線をそらした。
困り果てたランディはパメラに助けを求めるが、パメラはこの状況を楽しんでいるようで、それは期待できなかった。


その時。


「ご注文はいかがなされますか?」
と、タイミングよく店員がランディにオーダーをとりにきた。
しめた、とランディはすかさず席を立った。
「いえ、僕は出ますので結構です」

そうなの?と尋ねるパメラに、ランディはごめん、他に用事があるんだ、と答えて二人に背を向けた。
途中、プリムを振り返ると先ほどよりは少し機嫌がなおったようで、軽く手をひらひらと振っていた。
ランディはほっとし、店を後にした。



「・・・パメラ、わざとでしょう?」
ランディが見えなくなってから、プリムは口を開いた。
「私の反応見る為に、わざとランディのことけし掛けたでしょう?」
パメラは、「あら、気づいてた?」と舌を出す。
プリムは腕を組んで、やめてよそういうの、とパメラを睨んだ。
「でも、気になっているんでしょ、ランディのこと」
パメラは紅茶をごくりと飲む。
プリムも紅茶を口にし、一呼吸置いて「・・・否定はしないわ」とだけ答えた。

「あら、存外素直ね!」
今までのプリムの様子からするとしらばっくれると思っていたとパメラは言う。
そして真面目な顔してプリムを覗き込む。
「だったらもっと素直になった方がいいわよ!さっきの見たでしょ?ランディってプリムが思っている以上に人気あるみたいだから」
パメラはなおも続ける。
「ランディって言い寄られたらそのまま押し切られてOKしそうな感じしない?まだ大丈夫なんて思ってるとその内、その辺の子にとられちゃうわよ。
だから今のうちにちゃんとはっきりさせた方がいいわ」

「・・・・はっきりって?」
プリムは嫌そうな顔をしてパメラの言葉を待つ。

パメラはにっこり微笑んだ。
「好き、て言っちゃえばいいのよ」
さも当然のようにパメラは言った。
プリムは少し顔を赤くしたが、すぐにそれはない、出来ない、と呟いた。
「・・・何故?」
「・・・何故ってそれは・・・」
「・・・ディラック、のこと?」
パメラは少しその名を出すのを躊躇した。
何故なら自分もプリムも当事者だからだ。
返事をしないかわりに暗い表情をして黙り込んだプリムを見て、パメラは店員を呼んだ。
「済みません、この紅茶とこのケーキ、テイクアウトお願いできるかしら?」 「パメラ?」
パメラはごめんなさい、こんなところでする話じゃなかったね、と申し訳なさそうに謝った。

「うちに行きましょう」

パメラは優しく微笑んだ。

◇back◇◇next◇

inserted by FC2 system