その後の話


7


「はい、どうぞ」
「ありがとうパメラ」

パメラはプリムに紅茶の入ったカップを手渡し自身のソファーに腰掛けた。
プリムも隣に座っており、二人はお互いが見えるよう少し斜めに体を傾けた。

「・・・ディラックのこと、話しても平気?」
パメラが心配そうにプリムを見上げた。
プリムは、「パメラこそ平気なの?」と、返事の変わりに苦笑してみせた。

「あのね、私思うんだけど」
パメラは胸の前で手のひらを組む。
「ディラックが・・・いなくなっちゃってそんなに月日も経っていないし、何だかんだ周りは憶測や噂で色々言うとは思うの。事実、プリムとランディは仲が良いでしょう?
でもね、プリムだってあの戦いでずぅっとランディと一緒だったのだから、プリムが自然にランディに惹かれるのも納得出来るし、
二人がこれから幸せになっても誰も文句は言えないわ!」

だから遠慮する必要ないのよプリム!、と感情に任せて熱く語るパメラに、プリムはそうじゃないの、と苦笑いした。

「確かに・・・その、旅の途中からあいつが気になりだしたのも事実だし、それってどうよ?って思うこともあるわ」

でも、とプリムは優しく微笑む。
「そんなことでディラックは悲しんだりしないと思う」
何よりもプリムの幸せを願っていたディラックだからこそ、これから先、プリムが笑っていることを望んでいるだろう。

「だから、ディラックへの想いのことでランディに素直になれないわけじゃないの」
「じゃあ、何故?」


「・・・私があまりにも残酷で汚い女だから、よ」
プリムは顔を下げたまま小さく呟く。
パメラは「意味が分からないわ」と、プリムの肩をつかみ、目線を合わせようとした。
プリムは頑なに目線を自身の膝あたりから外そうとしない。
膝でぎゅっと拳を作っているプリムの手が、強く膝の服を握っていることにパメラは気づく。

「・・・・私、心のどこかで諦めていたのよ」
プリムはぎりりと歯をかみ締める。
「ディラックはきっともう帰ってこない、そう諦めてた。ひどい話でしょ?」
「・・・プリム」
「・・・段々ね、分かってくるの。ディラックは私の元に帰ってきてはくれないんだろうな、て」
パメラはそっとプリムの拳に手を重ねる。
「許されるわけないじゃない・・・あんなに大好きなディラックを心の中で諦めておきながら・・・こんな、こんな私が、ランディに・・・・」

ぽつりと手の上に涙が落ちた。
見ると大粒の涙をこぼしているパメラがいた。

「だからね、言えないの。こんな想い、蓋をしてしまいたい。だけど、ランディが他の子と楽しくしているのは嫌なの、勝手よね」
プリムはパメラの涙に向かって話し続ける。
「・・・本当に、汚い女だよね」


「プリムっ!」
パメラが勢いよくプリムに飛びつき、力いっぱい抱きしめた。

「私だってそうよ、あなたとディラックのことでどれだけ憎み妬んだことか!自分でも嫌になるくらい、嫉妬深くて穢れた女だ、って思ったわ!」
「私もね、心の中では絶対にディラックは私を好きにならないことなんて気づいてた」
「気づいてたけど、タナトスの元で二人一緒にいれることを喜んだわ。・・・そんなことしてもディラックが手に入るわけでもないのにね」


「・・・人は弱いの」

プリムを抱きしめるパメラの力が緩んだ。

「弱いから、誰かにすがらないと、側にいてくれないと生きてはいけないのよ」

だから私は心を失ったディラックにすがったわ、とパメラは言う。

「そしてそれは悪いことでも汚いことでもないわ、当然のことよ」
「だから、プリムがランディを必要とするのは普通のことなのよ」
「プリムは決して残酷で汚い女なんかじゃない」


「普通の女の子よ!!!」


プリムの瞳から涙が溢れた。
これまで押さえていたものが、一気に溢れてくる。

二人は強くお互いを抱きしめたまま、声をあげて泣きじゃくった。

泣いて、泣いて、泣き通して。

その日、プリムはパメラの部屋に泊まることになり、二人、手を繋いで眠りについた。



「こんにちは」
ドアをノックして中に入ると、古書独特の匂いがランディを包んだ。
部屋の入口でキョロキョロしていると、奥の方から明るい声と共に長い手が顔を出した。

「ランディさん、すみません」
声の主であるアレンが数冊の本を抱えて出てきた。

「急にお呼び立てしてすみませんでした。でもなるべく早くお伝えしたかったんですよ」
アレンは本を机に並べ、ランディにも席をすすめる。

「これとこれ、見てみてください。これが約20年前のパンドーラの自然とモンスターのバランスデータです。
そしてこれが近年のもので神獣がまだ存在していたころのもの。そしてこちらが…」

そう言ってアレンは手書きで書かれた一枚の紙を広げた。
「神獣が消えてしまったあとのデータです」

ランディはそれぞれ見比べ、やっぱり、と頷いた。

「ほとんど変わっていない」
アレンもこくりと頷く。
「さすがに20年前はまだ帝国が穏やかであったころなのでバランス数値は良いですが、しかし問題はそこではありません」

「神獣がいなくなっても、バランス数値がほとんど変わっていない」
ランディが確認するように頷く。

「僕も実際にパンドーラや付近の森を調べて見ましたが、以前と変わりがあるように感じなかった」 どういうことでしょうか?とアレンがランディに聞く。
「お聞きした話では、神獣がいなくなると世界中のマナが失われる、ということでした。事実、マナと生を共にする精霊や妖精は姿を消しています」

ランディは資料を机に置き、瞳を一瞬閉じ、そして再び開いた。
「アレンさん、僕が神獣を倒した日に降り注いだ雪を覚えていますか?」
ランディの脳裏に今もありありと焼き付いているあの光景。
あの時、降り注ぐ雪は絶望の象徴でしかなかったが、今は違う。

あれは希望の雪だったのだ。 「あの雪は、神獣の欠片なんです」
ランディの言葉にアレンは驚いた。

「神獣はマナを回復する唯一のものでした。神獣がいなくなればマナは失われ、世界はバランスを失い恐ろしい天変地異が起こるはずでした。
…恐らく神獣は自身の欠片を世界中に降り注ぐことで最低限のマナを僕たちに残してくれたんだと思います」

ただ、とランディは苦笑する。
「これはあくまで僕の希望に近い推測でした。でもアレンさんが協力して下さったおかげで推測が限りなく真実に近づくことが出来ました」
ランディは深々と頭を下げ、アレンに礼を述べた。

「とんでもありません!」
アレンは慌てて手を横に振った。
「お礼を言いたいのは私の方です。ランディさんに会うまでは神獣の真実すら知りませんでした。我々学者というものは古くより地理に通じていただけですし」
アレンが言うことも無理はなかった。
神獣にしろ、マナ自体、真実を知るものはほんの僅かであった。
おそらく、ランディにプリム、ジェマに巫女であるルカ・ルサくらいであろう。
実のところ、神獣やマナの話をどこまでおおやけにするかは難しいところだった。 下手をうてば、第二のタナトスまではいかずとも、マナに縁のあるものに危険が及ぶかもしれない。
ランディはジェマと話し合い、アレンであれば信頼するに足る、という結論に至り今回の協力依頼を行ったのだ。

しかし、とアレンは口元に手を持っていき、思考を巡らせる。
「降り注いだ神獣の欠片が、『マナ』の力を持ったまま地に根付いた、とするとますますその実態を把握しなければいけませんね」
そういうアレンの口元は早くもほころびはじめていた。

「何だか嬉しそうですね」
「それはそうですよ。学者、という職業病かもしれませんが、私は気に入ったものや気になったものはとことん追求したくなるんです」
なんせマナは私のライフワークとも言えますから、とアレンはにこやかに答えた。

そして、ランディがアレンの部屋を出る際に、アレンが一言声をかけた。

「そういえば、今日プリムさんに偶然お会いしましたよ」

ランディは一瞬動きが止まり、ゆっくりアレンを振り返る。
「プリムに、ですか?」
「えぇ」
アレンはにこりとランディに微笑み返す。
ランディは、そうですか、とだけ言い、部屋を後にした。

アレン一人になったところで、彼はぽつりと呟いた。


「・・・ランディさん、僕は気になったものは追及する性質なんですよ」

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