その後の話


8


「ひどい顔!」

プリムとパメラは手鏡で自分の顔を見て絶叫した。
昨夜は泣きつかれて眠ってしまった為、朝起きると瞼が大いにはれ上がっていて、とてもではないが人様に見せれる顔ではなかった。

それからお互いを見て、声をあげて笑った。
「パ、パメラ、ひどいわよ顔!」
「プリムだって!」
あー可笑しい、と二人はけらけら笑い、プリムはベッドにダイブする。
そのままクッションも抱き、ごろりと横になった。
「でもすっきりした。あんなに泣いたの久しぶり」
「私もよ」
パメラはそう言い、ハンカチに水を含ませ、プリムの瞼にそれを置いた。
パメラも同じように横になり、瞼を冷やす。
「・・・でもさ」
プリムが言いにくそうに口をひらく。

「あれだけ私たち大騒ぎしたけど、実のところランディの気持ちなんて分かんないよね・・・」
恥ずかしいのだろうか、見え隠れする鼻と頬が少し赤くなっていた。
「・・・え?」
パメラは驚いて上半身を起こし、プリムを覗き込む。
「そんなの分かりきったことじゃない!ランディはプリムしか見てないわ!」
パメラはランディと知り合ってまだ日は浅いが、プリムを見るランディの眼差しがただの仲間に向けるものでないことを知っている。
「ランディにとって一番大切な女性はプリムよ」
「そんなこと、知ってるもん」
プリムは当然のように肯定する。
「だったら問題ないじゃない」
「あのね、私もランディもお互いがお互いかけがえのない存在なの。特別なのよ。ランディにとって、一番大切な女性が好きな人、とは違うんじゃないかなって思うのよ」
パメラは納得のいかない表情を浮かべている。
「だって、もしそんな気があるんだったらすぐに口説いてくれてもいいじゃない?ある意味、絶好の落とし時じゃない?」
それなのにランディときたら、口説くどころか暫くはろくに会いに来てくれなかった。

「それは、うーん…ランディもきっとプリムやディラックに気を使って…」

「えー!?そこ気を使うとこ?」
ま、ランディらしいか、とプリムは小さく微笑んだ。


同日の昼過ぎ、ランディはプリムを訪ねていた。
しかしプリムがまだ留守であることを知り、仕方ないな、とランディは踵をかえす。
神獣の欠片とマナの話をどうしてもプリムに伝えたかった。
タイミングの悪いことに、これから数日は妖魔の森付近の調査でパンドーラを離れることになっている。

仕方ない、ランディはもう一度呟き、旅の準備の為、道具屋まで足を走らせた。



「はー・・・やっとついた」
ランディの視界にパンドーラの入り口が見えた。
妖魔の森での調査を終え、ガイアのへそについたところまでは良かったが、ドワーフたちに歓迎され、されるがままに数日をそこで過ごしてしまった。

ーまぁ、楽しかったから良かったんだけど。

ランディは苦笑しながらパンドーラへの入り口に向かったが、ふと思いついたように足を止めた。
「そうだ、ついでに古代遺跡の方も行ってみるか」
そう呟いてランディはパンドーラの古代遺跡へ向かった。

遺跡に参拝する人の中に見知った人物を見つけ、ランディはその人物に後ろから声をかけた。

「パメラ」

ふいに後ろから声をかけられ、パメラは驚いて振り向くと、そこに久しぶりに見るランディの姿があった。
彼に会うのはあの日、プリムとおお泣きして以来だった。

「ランディ、久しぶり!今帰ってきたの?」
と、パメラはランディの格好を見て苦笑した。
背中に背負っているかばんはパンパンに膨らんでいて、着ている服も汚れており、所々衣服が擦り切れている。
ランディは恥ずかしそうに頭をかいた。
「うん。ごめん、こんな格好で」
ドワーフたちに色々と土
産物を渡されてこんな大荷物になった上に、帰り道にはモンスターに出くわして散々だったよ、とランディはぺらぺら喋り、
みっともない格好だから用事すましたら宿に戻るよ、とパメラに告げ、遺跡の奥へと進もうとした。

ところを、服の裾をパメラに捉まれた。
立ち止まり、パメラを振り返る。

「・・・パメラ?」
「ねぇランディ、知ってる?」
「何を??」
「プリムとアレンさんのこと!」

ランディは何が何だか分からずに困った顔をした。
パメラはランディを掴んだまま、ひどく真剣な表情をしていた。

「プリムとアレンさんがどうかした?」
恐る恐る尋ねると、パメラははぁー、とため息をついた。

「ここ最近ね、アレンさんがプリムの家によく行ってるらしいの。目的はプリムにマナや神獣とかの話を聞く為なんだけどね。・・・その、色々心配で」
そこまで言われてランディはパメラの不安事を理解し、大丈夫だよ、とパメラの肩をたたいた。

「アレンさんは変にプリムに辛い事を思い出させるような質問はしないよ」
出来た人だから、とランディは付け加えた。
パメラはその言葉に少し安心したが、パメラの心配事はもっと別のところにあり、掴んでいるランディの服をさらにぎゅっと握り締めた。

「それはそれでいいんだけど、問題はアレンさんがプリムのことを気に入ってるんじゃないか、ってことなの」
ランディは、あぁそういうことか、とランディはさも当然かのように頷いた。
アレンがプリムに好意がある、それ自体はアレンの話しぶりからすると容易に想像がついた。

「問題ないんじゃない?プリムはアレンさんが来ることを面倒にしてる?」
ランディがあまりにも他人事に言うのでパメラはあっけにとられた。
「・・・してないわ。むしろいい話し相手になっているみたい」
さすがはランディとジェマが選んだ人だけある、退屈しない、と言ったプリムの言葉をパメラは思い出した。

「なら何も心配はいらないじゃないか」
ランディはにこりと笑うと、遺跡の奥へ消えていってしまった。
パメラは、ランディの予想外の反応になにも出来ずにただ立ちすくんでしまった。


ランディはずんずんと遺跡の奥へ奥へ進んでいく。
途中すれ違う人が、あれは確か聖剣の勇者じゃないかと呟く声が聞こえたが、ランディの形相を見て声をかけるのをやめたようだ。

ー僕にいちいち聞かないで欲しい。
ープリムが困っているというならまだしも、そうじゃないのなら、余計なお世話じゃないか。
ーパメラはお節介が過ぎる。

ランディは不機嫌だった。
アレンにでもなくプリムでもなく、パメラに腹をたててていた。
もちろんパメラに腹をたてているのは、八つ当たりに近かったが、やり場のない気持ちの矛先をパメラに向けることで、平常心を保とうとした。

ー僕が腹をたてるのは可笑しい。

ランディはそう自分に言い聞かす。
アレンがプリムを好きになろうと、その気持ちをたとえプリムが受け入れようと、それを否定する権利なんて自分にはどこにもない。

そう易々とプリムがアレンを受け入れるはずはないと思いながら、プリムのことを思えば、早くそういう人を見つけた方がいいのではないかと思う。
その方がプリムの心もきっと安らぐだろう。
そういう意味では、アレンはプリムにふさわしい、ランディはそう思う。

人柄で言えば、自分も認めている上、身分も申し分ない。


ーお前がプリムのいい人になればいいだけでは?

どこからかそんな声が聞こえてきた。
都合のいい幻聴だ、とランディは聞こえないふりをした。

自分はただ見守ればいいのだ。
プリムが笑顔でいられるよう、見守ればいい。

自分ではない他の男と嬉しそうに並ぶプリムの姿を想像して、胸がズキンと痛んだ。

嫌な痛みだ、とランディは顔を歪めた。
旅の途中からしばしばあったこの痛み。
嫌になる、とランディは人知れず呟く。

「僕は、彼女が幸せならそれでいいんだ」

そう、再び呟いた。

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