その後の話


9


プリムは待っている。

プリムは自室のソファーにもたれ掛かり、仏頂面をしている。
ただじっと待って座っていた。

というのも昨日ランディがパンドーラに戻ってきたと風の噂で耳にしたからだ。
しかも旅立つ前に、自分を訪ねて家までやってきたとのことだから、今日くらいには会いにくるだろうとふんで、プリムは朝から部屋で待機していた。

しかし彼は来ない。
プリムは仏頂面をムッとさせた。

確かに街の女の子に焼餅やいてランディを困らせ、挙句にはパメラにランディへの想いを暴露し号泣したという事実もあり、ランディと顔を合わせるのは非常に恥ずかしい。
それもこの数日に及ぶランディの不在で、ランディを目の前にしても平常心を保てるくらいまでには回復した方なのだ。

なのに、あいつーランディは来ない。

「何で来ないのよ!!!」
勢いで自分の膝を両手で強打する。
「・・・確か今は宿に泊ってるのよね」
プリムはしばし考えた後、スクッ、と立ち上がった。
「こっちから会いにいってあげようじゃないの!」
はりきってドアを開けたところ、玄関先から使用人の声がした。
「お嬢様!」
「何?」
「お客様がお見えですよ」
「!」

ランディだ、とプリムは顔を綻ばせた。
そして足早に廊下を駆け抜け、階段の手すりに手をかけ玄関先の人影を見た。


「あら、ランディ様じゃありませんか」
「どうも、また来ちゃいました。あの・・・」
「申し訳ありませんが、アレン様でしたら出かけておりますの」
「・・・・そうですか」
残念そうにがっくりと肩を落とすランディに、応対する初老の婦人は気の毒そうに苦笑した。
「ああ、でも今日はガイアのへそあたりに行くと行っていましたよ」
「ガイアのへそに?」
行き先を聞いてランディは表情も曇らせた。あのあたりは最近頻繁にモンスターが出ており、危険だ。
もしアレンがモンスターに遭遇すれば無事では済まないだろう。

「あの、アレンさんが出たのっていつ頃ですか?」
「はぁ。確か1時間前くらいかと思いますけど」
「そうですか、ありがとうございます」

ランディはお礼を述べてから、勢いよく走り出した。

(・・・やっぱり心配だ。走れば今からでも間に合うだろう)

そして宿泊先の宿に着くなり回復アイテムと自身の剣を掴んでパンドーラを飛び出した。


「うーん、気持ちいい!!」
ガイアのへそが見渡せる高台に立ち、プリムは背伸びした。
「やっぱり外の空気は違いますね。連れて来てくれてありがとうございます」
プリムが振り返った先に、アレンはいた。

「さすがにパパもアレンさんとなら外出許してくれたし、これからは一人でも外出できそうです」
プリムは嬉しそうに話す。
そんなプリムを眺めながらアレンも微笑んだ。
「良かった。伺った時にひどく残念そうな顔をされたのでどうしたもんかと思いましたけど、私も結構役にたったでしょう?」
アレンが意地悪そうに笑うと、プリムも苦笑した。

「しかし、驚きましたよ。プリムさんは武術に長けていると聞いていましたが、ここまで強いとは」
「ふふっ、下手な兵士より強いと思いますよ?」

実のところ、ここまでの道中、ラビやバドフラワーに出くわしたが、プリムの見事な蹴り一つで事なきを得たのだ。

二人は顔を見合わせ、声をあげて笑った。
陽気な笑い声が大草原に響く。


「やっぱりいた」
がさがさと草原の草道を通り抜けるランディの視界にマイコニドが映る。
ランディはちゃきりと剣を構えた。
マイコニドがランディをとらえるより早く、ランディの剣がそれを真っ二つに切り裂く。
再び前を向いて走り始めると、正面にラビの死骸を見つけ、ランディは不思議そうに首を傾げる。
変だなぁと思いつつ、ラビの死骸をつけるとそのはるか先にもう一体の死骸を発見した。

「・・・まさかこれ、アレンさんが?」
そんなはずはないと思いつつ、ランディはモンスターの死骸をつけてみることにした。

暫く歩くと、人の気配がし、岩の向こうを見やると見慣れた薄い金髪が目に入った。

(いた!良かった、無事だったんだ)
ランディは安堵し、駆け寄ろうとして思わず立ちすくむ。
その隣に見慣れた金髪が揺れていた。

(プリム)
ランディは慌てて岩陰に身を隠した。
隠れなければいけない理由などなかったが、ここで声をかけるのも野暮のような気がして隠れるしかなかった。

何でプリムがここにいるんだ…
しかもアレンさんと一緒だなんて。

ちらりと二人を見ると本当に楽しそうなアレンの笑顔があった。
その笑顔を見て、あぁそうか、とランディはこの状況を把握した。
きっとアレンさんがプリムを誘ってここまで来たんだ。そしてあのラビの死骸はプリムの仕業だな。

岩陰に身を隠して二人の楽しそうな声を聞いていると、何だか自分がひどくみっともない男のように感じた。

(本当に何やってるんだろ・・・)
(見たくないもの見ててどうするんだ)

ランディはため息をつき、膝を立て立ち上がろうとした。
帰ろう、そう思った時にひどく真剣なアレンの声が聞こえ、聞きたくもないのに聞き入ってしまった。

「プリムさん」
「何ですか?」

プリムは気持ちよさそうに風を受けている。
アレンはいつものにこにこ顔を少し緊張させてプリムを見る。

「次は、仕事抜きでープライベートで誘ってもいいですか?」
プリムが驚き口を小さく開ける。
「・・・これはプライベートじゃないんですか?」
アレンは小さく首を振る。

「違います、次はちゃんとしたデートをしましょう」


ランディの胸がざわざわと音をたてた。
アレンであればプリムを任せられると本心から思っている。いつかこんな日がくる、と心の準備はしてきたが、いざそのときに立ち会うと動揺を隠せない。

せめてプリムの返事を聞く前にこの場から立ち去らなければ、そうランディは思い足に力を入れた。

「あのっー」
プリムが返事をしようとしたまさにその時、背後に殺気を感じ振り返る。

そこには獣人、ウェアウルフの姿があった。

何でこんな強いモンスターがこんなところにいるの!
と、プリムは叫びウェアウルフの一撃をかわしてアレンの横に転ぶように駆け寄った。

「プ、プリムさん!」
アレンが震える体でプリムの前に立ち、ウェアウルフから守ろうとする。

まずい!
ランディは二人の元へ駆けつけようとしたが、寸でのところで踏みとどまる。
アレンが必死にプリムを守ろうとしているのだ、出来るところまで見届けるのが筋ではないか、そう思った。

その時、ウェアウルフが右手をアレンめがけて振りかざした。
それをプリムが両腕で必死にガードしたが、体重差で勢いそのままにプリムの体が横に飛んだ。

「きゃぁっ!!!」
「プリムさん!!」

プリムはすぐに体を起こすが、衝撃のダメージですぐに動けそうにない。
ウェアウルフは真下にいるアレンに目をやり、するどい拳をふりかざす。
アレンは腰が抜けて身動きが出来ない。

「うわぁぁぁあ」

ザシュッ、という音と共にアレンの足元にウェアウルフの腕が落ちてきた。
「うわっ!」
驚いてしりもちをついたまま後ずさりすると、今度はウェアウルフの頭がずしんと落ちてきて、アレンは悲鳴をあげる。

頭部を失ったウェアウルフの体がぐらりと揺れ、その後ろの人影が露になった。

「・・・ランディ」

そこに返り血を浴びたランディが剣を抜いたまま立っていた。
ランディは血のついた剣を拭い、鞘に収めるとアレン近づき、手を差し出す。

「怪我はありませんか?」
「は、はい」
ランディの手をとって漸く腰をあげることが出来たが、以前表情は恐怖に染まっている。
「実はあなたを追いかけてここまで来たんです。この辺りはモンスターが頻繁に出ているので。でも良かった、間に合って」
ランディは言葉こそ丁寧だが、その表情はひどく冷たかった。
「ここは危険ですから、すぐに戻って下さい。大丈夫、ここに来るまでにモンスターは退治してきたので帰りは安全です」
アレンはプリムが心残りなのか、ちらりと振り返ったが、軽く会釈してパンドーラに向かい始めた。

アレンを見送ると、ランディはプリムの元へ急いだ。
ランディが駆け寄ると、プリムは恥ずかしそうにはにかんだ。
「助けてくれてありがとう。でも情けないところみられちゃった、ウェアウルフくらい私でも何とか倒せないといけないのに」
ランディは小声でそんなことない、と言い、プリムの腕をとり傷の具合を確かめる。
軽い擦り傷、それに打ち身。
怪我を確認してランディは自己嫌悪で舌打ちする。
「ランディ?」
「ごめん・・・」
「どうしてランディが謝るの?」
「僕の所為だ」
「だから何でー」
「見てたんだ」

ランディはプリムの傷に布をあてながら告白する。
「ウェアウルフが出てくる前からいたんだ・・・」
「そう・・・聞いていたの」
プリムは受け取ったまんまるドロップを口に放り込む。
「で、話の内容から気まずくなって出てこれなかった、てわけ?」
プリムは仕方ない奴ね、と苦笑した。

「・・・・・・・」
ランディは何も言えずに俯いたままだ。
プリムの返事は確かに気になるが、それだけで助けに入るのを躊躇したわけではない。
自分は、確かめようとしていた。
アレンがプリムをどういう風に守れるか、この目で確かめようとしていた。
何様のつもりなんだとランディは思う。
心の中がひどくどす黒いもので覆いつくされそうになる。
ランディはひたすらこのどす黒いものに触れないよう気づかないように注意してきたはずなのに。

「ランディ?」
プリムに呼ばれてランディは無意識に顔を上げ、プリムと目が合う。
「・・・何でもない」
ランディはぷいっとプリムから顔をそらす。
プリムはそんなランディをじっと見つめる。
「・・・何だよ」
「何だとは何よ!あんた、何さっきからそんなに機嫌悪いの?」
「・・・・・・」
「それにアレンさんにだって態度が冷たかった!」
プリムの言葉にランディがピクリと反応した。
プリムはそんなランディにはお構いなしに、喋り続けた。
「彼、普通の人なのよ?いきなりウェアウルフみたいなモンスターに遭遇したら腰だって抜かすわ。それなのにあんたの態度ときたらー」
「アレンさんは、駄目だ」
つい本音が出た。
「好きな人を守れないようじゃ駄目だ」
プリムにはふさわしくない、そこまで口にしてランディは我にかえる。

ランディは慌てて口をふさぐように手で口元を隠した。

しかし時既に遅しで、プリムは満面の笑顔でランディの顔を覗き込む。
「何?焼餅?」
ランディは顔を赤くして顔を横にふるふると振る。
その反応にプリムは少しむっとしたが、体勢をかえてランディの隣に座った。
さすがのプリムも今ここでランディと向き合うのは気恥ずかしかった。

「心配しないで、もともとアレンさんにそんな気持ちないから」
まぁ素敵な人だし、楽しかったのは事実だけど、とプリムは付け加える。
その言葉にランディはホッと安堵する。

「ねぇ、ランディ」
プリムが俯いたままランディを呼ぶ。
「私、ずいぶん悩んだの。これでも悩んだのよ。悩んで悩んで今の今まで悩んでたけど、久々にあなたに会ってやっぱりちゃんと言うべきだ、って思った」

プリムは体育すわりをするような格好で、顔だけをランディに向きなおした。


「私、ランディが好きよ」


今、横に座る彼女はなんと言ったんだろうか。
一番聞きたくて、でも聞いてはいけない、そんな言葉を耳にした。

ランディの頭は真っ白だ。

「・・・・何か言ってよ」
プリムはランディの反応を待っている。

聞き間違いではない、そう確認できたランディは、何か言わなければと必死に頭を回転させたが、出てきた言葉はひどく格好悪いものだった。

「僕・・・なんかのどこがいいの?」

プリムはくすりと笑い、右手でランディの顔に触れた。

「知らない、でも私はランディがいいの」

間近でそんな台詞を言われてランディの顔は見たことないくらい、赤く染まった。
するとプリムの腕がするりとランディの首元にやってきた。
気づくとランディの首元でプリムはしがみつくように、しかしこめる力は優しく、抱擁していた。

ランディを抱きしめることはこれまで何度もあったのに、その感触にプリムはドキドキしながらもどこか心が安らいでいた。

ランディは全身を硬直させながら、言い訳のように呟く。

「・・・こんなの、いきなり過ぎる」
「散々悩んだとか言って・・・プリムこそ、僕がどれだけ苦悩したかを知らないんだ」

「ランディ」
プリムがグイっとランディの顔を掴んで、目線を自分と合わせる。

「あんたの葛藤や苦悩なんて今は聞きたくない、何なら後で聞いてあげる」
今は、とプリムは続ける。

「私のこと好きかどうか、聞かせて」

吸い込まれそうな瞳に、ランディは見惚れた。
そして、観念したかのように自分の額をプリムにこつんと軽くくっつけた。

「・・・好きとか、そんなんじゃないよ。僕は・・・」


「僕は、君しかいらない」

そう告白して、ランディは今度こそ自分からプリムを抱きしめ返した。

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