さよならは言わない


1


「…嫌な感じがする」

ランディは夜中に奇妙な胸騒ぎを感じて目を覚ました。
ベッドから身を起こし、カーテンを開け窓の外を見る。
暗闇の奥の方から呼ばれている気がして、ランディは上着を羽織り、外にでた。

向かう先はただ一つ。
押し寄せる不安に、走る己の足に力が入る。
引き寄せられるかのように、封印したはずの聖剣の元へと急ぐと、暗闇の中に白く淡い光が光っては消え、光っては消えるという不思議な光景があった。
それが聖剣から発せられた光であることを確認すると、ランディはどうして、と声を漏らした。
そして震える手で聖剣に触れ、うなだれるように聖剣に体を預けた。



訪れた平和もつかの間、世界に再び緊張が走る。
帝国軍の残党処理を任されていたレジスタンスからタスマニカ共和国へある事実が告げられた。

「帝国軍の残党にタナトスら四天王と同じく魔界の力を持つ者が生き残っており、帝国軍を復活させ世界を支配しようと企んでいる」

使者からの手紙を受け取ったタスマニカ王は「何ということだ」と、頭をかかえた。
手紙にはタスマニカ共和国への支援要請もかかれており、事態がより悪いことを暗示していた。
「…ご安心を。私が騎士団を連れて帝国に行きましょう」
ジェマは王にそう告げると、すぐに帝国へと向かった。



それから数日後、ポトス村にパンドーラの使者が訪れた。
にわかに騒ぎ立てる村人を制し、村長はランディを呼んだ。
ランディが現れると、使者は王の使いの証である封書を手渡し、「至急パンドーラまでご同行お願い申し上げます」と告げた。
ランディは何も言わずに、ただ静かに頷いた。


偶然、パンドーラでランディを見かけたプリムは瞬時に何か良くないことがあったのだと確信した。
ランディがパンドーラを訪れることはそう珍しくなかったが、今回はイレギュラーだ。
ランディと共に城の門をくぐる使者と兵士。
おかしい、と異変に感づいたプリムは彼らに気づかれないよう後を追うことにした。

ランディが王の間につくと、王の横にプリムの父であるエルマンが大臣として側に控えている。
ランディが王の前で立ち止まると、王は大きなため息をはいた。

「ランディよ、お前を呼んだのは他でもない。同盟国であるタスマニカから我が国及びお前に支援要請がきたのだ。
帝国軍の中にタナトスと同じく魔界の力を手にした者がおり、討伐に苦戦しているそうなのだ。お前は一度世界を救った英雄だ、もう一度世界平和の為、力を貸してくれぬか?」

王の言葉にランディはやはりそう言うことだったのか、と頷く。
その頷きを了承と受け取った王は笑みをこぼしたが、ランディの口からは王の期待とは真逆の言葉が出て、唖然とした。

「申し訳ありませんが、その要請お断りさせて頂きます」

ざわりと周りは動揺の色を見せる。
「何故だ!?」
王は椅子から立ち上がりランディに問う。
「僕の役目は終わったと思っています。そして聖剣の勇者としての僕を望まれているならば尚更です」
「それはどういう意味かね?」
エルマンがたまらず口をはさむ。
「…実は嫌な予感がして聖剣に会いに行きました。確かに聖剣は何かの危機を訴えていましたが、抜けませんでした。
何度も抜こうとしましたが、抜けなかったんです。理由は分かりません。聖剣が必要とされる程の危機でないのか、それとも聖剣が僕を必要としていないのかもしれません。
何れにしろ、僕では役不足です」

ランディは、言い終えると王に済みません、と告げ、王の間を出ようとした。

「待ちたまえ」
寸前でエルマンが引き留める。
「君のかつての仲間が無事でないことを知っても、君は本件を断るのか?」
エルマンの言葉にランディの顔が一気に青ざめる。
「…!ジェマに何かあったんですかっ!?」
「正確にはジェマ殿とレジスタンスのリーダーであるクリスさんだが」
ランディの体が震え、嫌な冷や汗が流れた。
「大丈夫だ、二人とも命に別状はない。ただ、クリスさんは軽傷だがジェマ殿は重傷で動けないそうだ」
その言葉はランディを少しだけ安心させた。
しかし表情は思いつめるように暗い。
「…お言葉ですが、聖剣を持たない僕なんてただの一兵士に過ぎません。僕が駆けつけたとしても期待に応えられる保証なんかありません」
「十分だよ」
エルマンは満足げに微笑み、王と目配せして頷く。
「聖剣がなくとも君は十分に強い。実力に加え、世界を救った英雄が参戦することで他の者達の志気もあがろう。十分だ」

「この話、引き受けてくれるね?」
エルマンが尋ねなくとも、答えは決められてしまったようなものだった。

「…はい」
ランディはこくりと頷き、王とエルマンを見た。
「ただ、条件があります。行く前にジェマとクリスに会わせて下さい」

王は満足げに頷き、よかろう、とランディに告げた。


パンドーラ城の一階まで出てきたところでランディは、はぁ、とため息をついた。
その時、後ろから思いっきり引っ張られ、引きずり込まえるように体を壁に打ちつけられる。
ランディの前には怒りに震えるプリムがいた。

「プリム、何で…」
「つけてたの、全部聞いたわ!…全くあれじゃあ脅しだわ。思わず飛び出しそうになったもの」
プリムはランディを放し、自分も同じ様に壁にもたれかけた。
「…大変なことになっちゃったね。聖剣、本当に抜けなかったの?」
「うん、抜けなかった。だから僕も甘く見てた。まさかこんなことになるなんて…」

二人の間に暫し沈黙が流れた。

「…行くのね?」
「うん」
ランディが頷く。

「分かった、私も一緒に戦うから」
プリムは振り向いて笑った。
ランディは一瞬その笑顔に気を取られたが、すぐに厳しい目でプリムを見返した。

「駄目だ、要請は僕一人だけだ。君は関係ない」
「関係なくないわ」
「今は魔法だって使えないだろ?無茶だ」
「それはランディだって同じよ!聖剣がないんだから!私だってそこらの兵士より強いんだから足手まといなんて言わせない」
「プリム!」
分かってくれ、と言いたげにランディは口調を強めた。
「僕一人で平気だ」
「嫌よ!」
プリムはランディの襟元を掴む。
「ジェマでさえ無事じゃなかったのよ!?平気なわけない、あんた一人で行かせられるわけないじゃない!!」
プリムがランディの服を強く握ったまま、額をランディの首もとにうずめる。
微かに震えるプリムの肩を抱こうとして、ランディは踏みとどまる。
目と唇をぎゅっと閉じた。

「…駄目だ」

ランディはプリムから離れ、城門へと向かい始めた。
ランディの背に向けてプリムが静止の言葉をかけていたが、ランディは一度も振り返らずにその場を後にした。



同日の夜更けにランディは海へと続く細道を灯りを携え歩いていた。
波音と潮風を感じ、そろそろ目的地につく頃かと思った矢先、正面に自分と同じ様に灯りを灯している人物に気づいた。
やがてその人物の姿がぼんやりと浮かび上がってきたところで、ランディは眉をひそめ立ち止まる。

「パンドーラから海へ行くにはこの道しかないのよ」

その人物であるプリムはランプを足下に置き、ランディに近づいた。

「私も一緒に行く。止めても無駄よ」
プリムは覚悟を決めたと言わんばかりにランディを見つめるとそのまま船が待つ岸部へと歩き始めた。
ランディは慌ててプリムの腕をとる。

「プリム!駄目だって言ってるだろ!?」

パンッ、と乾いた音が響く。
プリムの手がランディの頬を叩いた。

「私が危ない目に合うのが嫌だからでしょ!?だけどね、見当違いよランディ!そんな目に合うより、
一人残されて無事に帰るかどうかも分からないランディをじっと待つ方がよっぽど辛いの!!」

だからお願い、とプリムはランディを見た。

「側にいさせて…置いて行かれるなんてまっぴらよ」

プリムの精一杯の懇願にランディは戸惑う。
しかしそれでもランディはプリムを連れて行くことは出来ないのだ。

「…ごめん、待つのも辛いかもしれない。けど、それでも連れて行くことは出来ない。君に怪我させるような真似は絶対したくないんだ」
これはエゴだとランディは思う。
自分がプリムの立場だったら、きっとプリムと同じ行動をとっただろう。
しかし、自分が男でプリムが女である以上、プリムの言い分を認めるわけにはいかなかった。

「…何を言っても無駄みたいだね。連れて行ってなんて言わない、私は勝手に一人で帝国に行くことにするわ」

プリムはランディには構わずに歩き始め、ランディは走ってはプリムの正面に回り込み道を塞いだ。

「どいて」
「嫌だ」
「これは私の意志よ?ランディに止める権利なんてないわ」

強引に進もうとするプリムの体をランディは必死に抑え止めようとする。

「離して!だって納得できない!ランディの言うことは全部自分よがりで納得出来ない!そんなに私を行かせたくないならせめて私が納得できるよう説明してみせてよ!!!」
ランディをキッと睨んで、プリムは驚いた。

ランディは泣きそうな顔をぐっとこらえ、けれどどこか怒っているような表情でプリムを見下ろしていた。

その瞬間、ランディから力強く抱きしめられた。
戸惑ったのも束の間、プリムをきつく抱きしめたまま、ランディはプリムに囁く。


「プリムが大切なんだ、好きなんだ…だからだよ」


それからランディはごめんね、と呟き、左手をプリムの首もとにあてた。

プリムの意識はそこでとんだ。




ランディとの待ち合わせ場所で待機していたエルマンは現れたランディを見て驚いた。
そこにはここにいるはずのない娘が、ランディに抱かれ気を失っていたからだ。

「プリム…!」
「大丈夫です、少し気を失っているだけです」

ランディの表情を見て、全てを察したエルマンは呆れた顔で眠る娘の顔を覗き込んだ。
「…全く、大人しくしているかと思えばこれだ」

ランディからプリムを受け取ったエルマンは、すぐに帝国へ出航するよう船員に告げた。

船に乗る込む前に、ランディはエルマンを振り返りぺこりと頭を下げた。
「すみません、状況が状況とはいえ娘さんを…」
「気にしないでくれ。こうでもせんと娘は君について行っただろう」
エルマンの言葉にランディはふっと顔を緩め微笑む。
そして少し間を置き、真面目な顔をエルマンに向けた。

「プリムを、宜しくお願いします」
間違っても自分を追ってこないように。

「…勿論だ」

そして船へ乗り込むランディに向けてエルマンは一言こう声をかけた。


「…必ず、生きて帰ってきなさい」

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