さよならは言わない


2


ランディが帝国に到着するとすぐにジェマが入院している病院へ案内された。
病室に入ると至るところに包帯を巻かれベッドに横たわるジェマの姿があった。
ランディがジェマに近づくと、ジェマはゆっくりと目を開いた。

「…ランディ、来たのか」
「ジェマ…怪我の具合はどう?」
「まだ動けそうにないが、何てことはない」
「…クリスは?」
「あの子は腕を骨折したが、元気だよ。今もこことレジスタンスを往復してくれている」
「そう…」

ランディは悔しそうに唇を噛んだ。
まだ見ぬ敵に対して怒りがふつふつとこみ上げてきた。

そんなランディの様子をじっと眺めていたジェマがあることに気づき、声をかけた。
「…聖剣、ではないのだな」
ランディの右腰には聖剣とは異なる剣が収まっていた。
「うん、これはワッツに借りて来たんだ。…聖剣は抜けなかった」
「…そうか」
ジェマは一つ頷くと、眉と目尻を下げ、済まない、とランディに告げた。
「自分が不甲斐ないよ。ランディ、お前にまた重荷を背負わせてしまった…」
ランディは微笑んで首を横に降った。
「重荷なんかじゃないよ。正直に言うと僕は世界を救う為にここに来たわけじゃないんだ。…単なる個人的な恨みさ。ジェマやクリスをこんな目に合わせた奴が憎い、それだけだ」
嘘ではない。
先の戦いでは、自分の大切な人達を守る為に。
そして父や母が必死に守ろうとしていたかけがえのない世界を守る為に、戦った。
そしていくつかの犠牲の中、守れた大切な人達がいる。
ランディにとって最早世界は二の次で、やっと手に入れることのできたかけがえのない人達を守るために戦うのだ。
もう、誰一人として失いたくない。

「…ジェマ、敵がどんな奴だったのかを教えて欲しい」

ジェマは静かに頷いた。



プリムの意識が戻ったのは、ちょうどランディがジェマを訪ねていた頃だった。
既に陽は昇りきっていて、自分がどれだけ長い間眠っていたのかが想像できた。
体を起こすと左首に鈍痛が走り、昨夜の出来事が思い出された。
「っ!ランディ…!」
ベッドから転がり落ちるように身を動かすと、その気配を感じてエルマンが部屋に入ってきた。
プリムは床に手をついたままエルマンを見上げた。

「パパ…私、行かなきゃ…」
よろよろと体を起こし、エルマンの向こうにある出口を目指してプリムは急いだ。
「よすんだプリム!!!!」
エルマンはプリムを掴んで離さない。
暴れるプリムに、エルマンは首を横に振って見せる。

「今から追いかけてももう遅い。既にランディ君は戦場だ。ここから帝国まで船で一体どれくらい時間がかかると思ってるんだ?お前が着く頃には明日になっていることだろう」
「それでも行くの!行くんだから!」
「プリム!」
「離してよっ!!!」
「無駄だ、もう手遅れだ!!!」

エルマンは声を張り上げ、プリムを部屋の奥の方へ押し、急いで部屋の外にでた。
そしてガチャリと鍵を閉めた。
エルマンの背中越しに叫びながらドアを叩くプリムの声がするが、エルマンは応えずにその場を去った。

「開けて!…開けてよ…」
プリムは力なくその場に座り込んだ。

暫くは開かぬドアに向かって涙を流していたプリムだが、どうにかして部屋から抜け出せないかを考え始めた。
窓を見ては、首を横に振る。
ここは三階だ、そのまま飛び降りるには危険過ぎる。
ならばカーテンやシーツをつなぎ合わせ、それを伝って降りればいい。
早速作業に取りかかったプリムは窓の外を見て焦りを見せた。
太陽が随分西に傾き始めていた。
急がなければ、とプリムは手を動かす。
その時、空気が振動したように感じ、プリムはあたりを見渡す。
遅れて大気が唸るように鳴り、窓の外を見た。
そこには白竜が空を舞っており、思わずプリムは窓を開け身を乗り出した。

「フラミー!来てくれたの!?」
「よう、プリム!突然フラミーが騒ぎ始めてな、フラミーが騒ぐってことはランディに何かあったってことだろ?細かい話は後だ、早く乗れ!」
「ありがとう、トリュフォー!」
トリュフォーの手を借り、プリムはフラミーの背中に飛び乗る。
騒ぎに気づいたエルマンがプリムの部屋に駆けつけた時にはもう既にプリムの姿はなく、白竜のものと思われる白い毛がひらひらと宙を舞っていた。



夕暮れの中、ランディは険しい面持ちで歩いていた。
話を聞くと、敵は古代遺跡を占拠し、そこを拠点にして動いているそうだ。
歩きながらランディはジェマの言葉を思い出す。

(気をつけろランディ…奴の振るう剣は恐ろしく速い。魔法は使わないが禍々しい力を持っている、あれはきっと闇の力だ。くらえば無事ではすまんぞ)

ランディが古代遺跡に着いた頃には既に辺りは暗くなっていた。
遺跡の扉を開け、中に入ると違和感を感じ眉をひそめた。
レジスタンスや騎士の話では、普通の帝国兵士も多数いるということだったが、遺跡内に人の気配は無い。
加えて、まるで導くように灯りが祭壇の方へと続いている。

誘われている。
ランディはそう確信し、自ら祭壇へと足を進めた。

祭壇の間につくと、その中央に腰掛ける人物が不気味な笑みをランディに向けた。
「ようこそ、聖剣の勇者さん」
意外に若い声。
その人物はひどく痩けた頬が印象的な痩せ型の男だった。
「お前がジェマやクリスをあんな目に合わせたのか?」
ランディは感情を押し殺し、低い声色で尋ねる。
「そうさ。でも自業自得だね。中途半端に強い奴ほど痛い目を見るんだよ」
「ふざけるな」
「そう怖い顔しないでよ、勇者さん。君はさすがだよね、たった一人で乗り込んで来たんだから。あ、でも違うかな?大勢で来てまた仲間の傷つく姿を見たくなかっただけでしょ?」
「…………………」
「ふふふ、誤算だった?まさか四天王の他にボクみたいな力を持っている人物がいたなんて。ボクはね、タナトス様に見初められて魔界と契約したんだ。
捨て駒になった他の四天王とは格が違うんだよ」
「それは違う」
自慢気に話す男を、ランディは鼻で笑った。
「タナトスにとって他の奴らは捨て駒だったかもしれない。だけどお前はそんな捨て駒にすらなれなかった役立たずだ」
ランディの言葉に男の笑みが消えた。

「…何だって?」
男はランディをギロリと睨み付け、ランディが剣に手をかけているのを目にした。 「それ、聖剣じゃないね。これはおかしな話だなぁ、聖剣の勇者が聖剣を手にしてないなんて!」
「…勘違いするな」
ランディはゆっくり鞘から剣を抜いて切っ先を男に向けた。
「お前を倒すのに聖剣は必要ない」

男は顔を歪ませて笑った。
「言うねぇ。…けど、すぐに聖剣がないことを後悔することになるさ」

男が立ち上がるとランディは勢いよく男に突っ込んだ。
男はランディの一撃を剣で受け止め、二人は一旦離れて間合いをとる。
「さすがだよ、やはり君は本物だ。じゃあ、今度はボクの番だ。この速さについてこられるかな?」
男は凄まじい速さで剣を繰り出した。
ランディはギリギリで攻撃を交わし、間合いを取ろうとした。
男はそうはさせまいと攻撃の手を緩めず襲いかかる。
その速さにランディは驚き、剣先から逃れようと壁際まで転がり込んだ。
ランディを見下ろして男はほくそ笑んだ。
そして剣をランディに振りかざした。

キンッ、と剣と剣がぶつかる音がし、そのすぐ後に刃物が皮膚を切り裂く音がした。
驚いた男が自分のわき腹をみると、そこには切り傷が出来ており、血が流れていた。

「な、んで…?」

男の問いに、ランディは右手を見せてみた。
ランディの右手には短剣が握られており、鮮血がついている。
そして左手には男の一撃を受け止めた剣が握られていた。

「なるほど、二刀とは考えたね」
「確かにお前の攻撃は速い。避けきるのは不可能だろう。でも攻撃さえ受け止めることが出来れば、隙が出来る」
ジェマから男の話を聞いたとき、とっさに二刀を思いついた。
元々ランディは左利きで、利き腕でなくても剣は扱うことができた。
後は目立たぬよう、短剣を体に隠せばよい。

男は傷口を手でおさえ、やや後ろにふらついた。
ランディがとどめを刺そうと立ち上がり近づくと、突然周りの空気がぐらりと揺れ、澱んだ。
驚き男をみると、男の体から黒く怪しいもやのようなものが出ており、男を包み始めた。
そしてその黒いもやは男を中心にして、四方八方に広がり、先端を刃物のように鋭く変化させた。

驚くランディに向かって男はゆっくり歩み寄り始めた。
「どうだい?これでボクのどこにも隙なんてない。君がボクの攻撃を受け止めてもあらゆる角度から別の牙が君を攻撃するさ」

詰め寄る男に対し、ランディは一歩、また一歩と後ろに下がる。
しかしすぐに下がるのを止め、立ち止まり、剣を構えて男を睨んだ。
そして男目掛けて一直線に走り始めた。
その目を見て男は挑発だ、と感じたが、一体何をするのか興味がわいた。
故に敢えて挑発にのった。

男は四方八方に広がる黒い牙を一つに合体させ、突っ込んでくるランディに思いっきり向けた。


鈍い音をたてて、男の黒い刃がランディの体を貫いた。



思わぬ来客にレジスタンスのアジトは騒然とした。
地響きのような音がしたかと思えば、空から白竜が現れたのだ。

「本当にありがとう、トリュフォー、フラミー!」
プリムはフラミーから飛び降りると、大声で叫んだ。

「クリス!!クリス、どこにいるの!?」
程なくして、クリスが姿を見せた。
「プリム!?どうして…」
「クリス…」
クリスの姿を見てプリムは心を痛めた。
痛々しい右手のギプス、頭に巻かれた包帯。
しかし今はクリスの心配をする余裕がプリムにはなかった。

「ランディはどこ!?」
「…古代遺跡にいるはずよ。あそこが敵のアジトだから」
クリスの言葉を最後まで聞かない内に、プリムは駆け出した。
「待ってプリム!私も行く!」
慌ててクリスもプリムを追って走り出した。


「どういうことよ!?」
古代遺跡の入口前でプリムの怒号が飛ぶ。
遺跡に乗り込むとするプリムをタスマニカの騎士とパンドーラの兵士が必死に止める。
「ここから先は誰一人として通すわけにはいかない!」
「何馬鹿なこと言ってるの!?あそこにランディがいるのよ、どいて!!!」
「そのランディ殿の命令なんだ!」
兵士の言葉にプリムの動きが止まった。

「自分が戻るまでは誰もいれるな、相手は闇の力を持っているから 迂闊に近づいてはいけないと…」
「ランディが無事に戻らなかったらどう責任とるのよ!?」
これはランディが自分を近づけない為に仕組んだものだと、直感的にプリムは思った。

馬鹿よ、ランディもランディに従う兵士もみんな馬鹿ばっかり。

私が行かなきゃ、とプリムは前を遮る兵士を強引に押した。
「どいて!私が助けにいく!」
「止めなさい!おい、みんな手を貸せ!!!!」
無理やり前に進もうとするプリムを兵士総出で防ぐ。
クリスがお願いだから行かせてあげて、と周りに訴えたが、聞き入れてはもらえない。
「離して!」
プリムは動けない体を必死に動かして、遺跡に手を伸ばす。


「ランディー!!!!!」

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